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1964年東京五輪の聖火輸送隊員だった白木洋子さん=西宮市内
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1964年東京五輪の聖火輸送隊員だった白木洋子さん=西宮市内
機内で同僚と聖火を載せた台を確認する白木洋子さん(左)=1964年9月8日、羽田空港(白木さん提供)
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機内で同僚と聖火を載せた台を確認する白木洋子さん(左)=1964年9月8日、羽田空港(白木さん提供)

 ランナーの公募が始まった2020年東京五輪の聖火リレーで、兵庫県は西宮市など計14市がルートに選ばれた。そのニュースを同市の白木洋子さん(77)は特別な思いで聞いた。55年前、前回1964年東京大会の当時は全日空の客室乗務員。全国各地に聖火を届けた輸送隊の一員だった。大役を無事務めたが、実際に聖火がリレーされる姿は見られなかった。再び巡ってきた東京大会に「今度は自分が走ってみたい」と笑顔を見せる。(初鹿野俊)

 東京出身の白木さんは60年、発足間もない全日空に入社。64年の東京五輪は22歳で迎えた。日本初の五輪に「どんなものか想像できなかった」。ただ、新幹線やモノレールが開通し、あちこちで高速道路の工事が急ピッチで進んでいて、世紀の祭典に向けた盛り上がりを感じつつあった。

 自分が聖火輸送隊に選ばれたのは、新聞記事で知った。会社に聞かされていないどころか、そんな役割があることも初耳で、「もうびっくり。家族も大騒ぎだったと思う」と振り返る。

 輸送隊は白木さんら客室乗務員2人と、操縦士、整備士ら計12人で構成。聖火は、五輪発祥の地ギリシャからアジア各国を経て、米国統治下の沖縄に届く。戦後初の国産プロペラ旅客機「YS11」に聖火を載せ、リレーのスタート地点に運ぶと知らされた。

 64年9月9日、予備も含めた四つの聖火を沖縄で積み、鹿児島、宮崎、北海道へ。機体には組織委員会のメンバーや報道関係者らが乗り、機内サービスを担当した。普段と変わらぬ業務にも「一大事業の一端を担っているという緊張感があった」という。

 各空港では盛大な式典があった。ただ、客室乗務員は次の目的地に向けた準備があり、機内の小さな窓から眺めるだけで「遠くで聖火の白い煙や日の丸の旗がいくつも見えたけど、歓声も聞こえなかった」。列島を巡った聖火が10月10日、国立競技場の開会式で点火されたのも、自宅の白黒テレビで見ていた。

 結婚を機に、西宮に移り住んでちょうど半世紀。来年は聖火リレーが西宮も通過する。自分が応募要件を満たすと知り、聖火ランナーには興味津々だが、「娘にいうとばかにされるかな」と苦笑い。ランナーになれなくても、「今度は地上から聖火を見届けたい」と沿道からリレーを見守るつもりだ。

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