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津田幸恵さん(津田伸一さん提供)
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津田幸恵さん(津田伸一さん提供)
津田幸恵さんの遺体確認の知らせを受け、ハンカチを握りしめる父親の伸一さん=加古川市内
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津田幸恵さんの遺体確認の知らせを受け、ハンカチを握りしめる父親の伸一さん=加古川市内

 京都市伏見区のアニメ制作会社「京都アニメーション」第1スタジオで34人が死亡した放火殺人事件から25日で1週間。「わが子はどこに」。安否不明者の家族らの不安な日々が続く中、24日には京都府警から、遺体が確認されたとの知らせを受けた人も。「なぜ、こんなことに」。言葉にならない悲しみと憤りが広がった。

 安否が分からない「京都アニメーション」社員の津田幸恵さん(41)の父、伸一さん(69)=加古川市=のもとに24日、京都府警から、幸恵さんの遺体が確認されたと連絡が入った。「親思いの娘だった。仕事も充実していたのに…」。覚悟はしているつもりだったが、涙が込み上げてくる。「早く引き取りに行ってやりたい」。何度もハンカチで目元を押さえながら言葉を絞り出した。

 24日午後、京都府警の担当者から伸一さんの携帯電話に連絡が入った。「1週間ほどかかる」と言われていたDNA型鑑定の結果だった。

 小児ぜんそくがひどく、病弱だった幸恵さん。机に向かい、漫画のキャラクターを描くのが好きで、「るろうに剣心」をよく描いていた。高校卒業後にアニメの専門学校に進み、約20年前に同社に入った。

 盆や正月には必ず加古川に帰ってきてくれた。昨年2月に妻を亡くし1人暮らしの伸一さんを気遣い、今年5月、ひょっこり顔を出した。「『忙しくなるから盆も暮れも帰れない。顔を見にきた』と弁当を買ってきてくれた。私のことが心配だったんでしょう」。娘の優しさを感じた。

 仕事ぶりを聞くのが楽しみだった。彩色を担当し、テレビアニメ「クレヨンしんちゃん」「名探偵コナン」のエンドロールに娘の名を見つけて妻と喜び合ったこともある。

 事件翌日、京都府警から幸恵さんの安否不明を知らされ、現場を訪れた。DNA型鑑定の手続きを終えた後、幸恵さんのマンションに立ち寄ると、部屋の前で友人という女性と偶然顔を合わせた。心配になって東京から駆け付け、手掛かりがなく帰ろうとしたところだった。ちぎったノート14枚に書かれた手紙を受け取った。

 手紙には、女性が落ち込んでいた時に幸恵さんが京都から駆け付け、一晩中悩みを聞いてくれたことへの感謝がつづられていた。「あの時ほど嬉(うれ)しかった事ないよ。あの時ほど、誰かに感謝した事ない」「正直私に、何が出来るか分からない。それでも、君の力になりたいんだ」-。

 伸一さんにとって初めて知る幸恵さんの一面だった。「親だけじゃなくて誰にでも優しい子だった」(若林幹夫、小森有喜)

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