総合 総合 sougou

  • 印刷
家族と流され、救助された幕山川のほとりに立つ小林果歩さん。あの日以来、初めて足を運んだ=兵庫県佐用町上月(撮影・小林良多)
拡大
家族と流され、救助された幕山川のほとりに立つ小林果歩さん。あの日以来、初めて足を運んだ=兵庫県佐用町上月(撮影・小林良多)
作業療法士として地元で働く小林果歩さん。「もう少しやってみる?」。利用者のお年寄りに向ける笑顔は優しい=兵庫県佐用町佐用(撮影・小林良多)
拡大
作業療法士として地元で働く小林果歩さん。「もう少しやってみる?」。利用者のお年寄りに向ける笑顔は優しい=兵庫県佐用町佐用(撮影・小林良多)
幼い頃のきょうだい。右から果歩さん、姉彩乃さん、弟の文太君と竜太さん。「本当に仲が良かった」という(果歩さん提供)
拡大
幼い頃のきょうだい。右から果歩さん、姉彩乃さん、弟の文太君と竜太さん。「本当に仲が良かった」という(果歩さん提供)

 兵庫県内で死者・行方不明者22人を出した2009年の県西・北部豪雨から9日で10年になる。母、姉、幼い弟と避難中に濁流に流され、一人生き残った小林果歩さん(24)=兵庫県佐用町本郷=はいま、作業療法士として佐用町内の病院で働き、町内で暮らす。自分を責め、家族の話を避けてきたが、10年を経て「私、水害で家族を亡くしたんよ」と、少しずつ体験を話せるようになった。「やりがいのある仕事と帰る家がある」。癒えない胸の痛みを日々のささやかな幸せで埋めながら、人生を歩む。(小西隆久、井上太郎)

 あの日、朝から降り続いた雨のにおいをはっきりと覚えている。

 「小学校に避難するで」

 午後8時ごろ、母佐登美さん=当時(40)=の言葉に促され、果歩さんと姉の彩乃さん=同(16)、弟の文太君=同(10)=は、勉強道具や着替えをかばんに詰めた。文太君は「兄ちゃんのがないと困るやろうから」と、近くの祖父母宅に泊まっていた兄のランドセルを体の前に、背中に自分のを担いで家を出た。

 自宅から避難所の幕山小学校までは、幕山川と用水路を挟み約200メートル。佐登美さんは途中、近所に暮らすお年寄りを迎えに戻り、果歩さんたちは隣人の一家4人と行動を共にする。右手には学生かばん、左手は文太君の右手をしっかりと握りしめていた。

 真っ暗闇の中、腰の高さまで水があふれた道を歩く。背が低い文太君は「半分浮いていた」。用水路を渡ろうとした時、誰かが「わあ」と叫んだ。その瞬間、激流に投げ出された。叫んでも自分の声さえ聞こえず、上も下も分からない。頭や体に硬いものが何度もぶつかるのを感じたが、息苦しさはなかった。

 どのくらい時間がたったのか-。ふいに水の流れがゆっくりになった。ビニールハウスの骨組みにしがみつき、辛うじて立つことができた。一人だった。暗闇の中を動く光に「助けて」と叫び続けた。光が懐中電灯だと分かり、その時初めて自分の体の震えに気が付いた。

   ◇   ◇

 濁流にのまれ、約8キロ下流に流れ着いた小林果歩さん(24)=兵庫県佐用町。川岸に引き上げられ、「助かった」と安心すると同時に「お母さんたちがいない」とパニックになった。家を出る時に着ていたTシャツは脱げ、あごの切り傷から血が止まらなかった。

 誰かに「お母さんたちは小学校におるで」と言われ、全身傷だらけだったが、その夜は迎えに来た祖父武さん(78)宅に向かった。翌朝、祖母文子さん(72)の沈んだ声で目を覚ます。

 「お母ちゃんと姉ちゃんが見つかったで。でも文ちゃんがまだなんや」

 祖父母が遺体の確認に向かい、果歩さんは病院で手当てを受けた。その後の葬儀でも、母と姉の顔を見た記憶は残っていない。

 水害の2年前に父竜成さんが病死し、きょうだい4人は佐登美さん一人に育てられた。テストの点数で怒られたこともあったが「いつも明るくて寂しいと思ったことがない」。

 父の死後、看護師を目指していた姉彩乃さんは「一番の相談相手」だった。部活や人間関係…。2段ベッドで話し込み、気が付けば朝だったことも。

 末弟の文太君は今も見つかっていない。行方不明者を死亡したとみなす特別失踪宣告が出るまで、祖父は捜し続けた。果歩さんは「私があの時、手を離さなければ」と、申し訳なさでいっぱいだった。

 学校生活では周囲の目が気になり、水害と家族の話題を避けた。当時を知らない友人に「あの時はどうしてたの」と尋ねられても「大変だったよ」と返すだけ。毎年、夏になると頭と体が重くなった。

 「ちゃんと育てなければ」と気負う祖父母に反発もした。夜遅くまで遊ぶ友達と比べ「お母ちゃんが生きていれば」と思うことも。高校卒業後、作業療法士になるため赤穂市の専門学校へ。町外の1人暮らしで、誰も水害のことを知らない生活は「すごく楽だった」。

 それでも卒業後は迷わず、佐用町で就職する道を選んだ。今は佐用共立病院(佐用町佐用)のリハビリテーション科で、高齢者のリハビリを支える。利用者に「果歩ちゃんは水害、大丈夫やったの」と聞かれても、今は自然に答えられる。

 慣れ親しんだ自宅で暮らしたい-。そう願う利用者の気持ちがよく分かる。「私も多分そうだから」。言葉の端々に育ててくれた祖父母への感謝がにじむ。

 「この10年が自分にとってどうだったのかは正直分からない。でもこれからもこうやって生きていくんやと思う」。笑い声がころころと弾んだ。(小西隆久、井上太郎)

総合の最新
もっと見る

天気(8月23日)

  • 30℃
  • 26℃
  • 70%

  • 32℃
  • 26℃
  • 50%

  • 30℃
  • 26℃
  • 80%

  • 30℃
  • 25℃
  • 70%

お知らせ