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犠牲者を悼むモニュメントの前で思いを語る井上英二さん=9日午前、兵庫県佐用町久崎(撮影・小林良多)
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犠牲者を悼むモニュメントの前で思いを語る井上英二さん=9日午前、兵庫県佐用町久崎(撮影・小林良多)
豪雨の犠牲になった井上利則さん(後列)、さなえさん(右端)、優里ちゃん(前列中央)、唯人君(井上英二さん提供)
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豪雨の犠牲になった井上利則さん(後列)、さなえさん(右端)、優里ちゃん(前列中央)、唯人君(井上英二さん提供)

 四つのひつぎを前に立ちつくした記憶は消えない。兵庫県西・北部豪雨で兄一家4人を亡くした会社員井上英二さん(46)=同県伊丹市=は9日、被災地の同県佐用町で献花行事に出席し、10年たっても変わらぬ悔しさをかみしめた。自然災害から命が守られる社会に-との願いも込めて花を手向けた。

 兄の井上利則さん=当時(40)=と、利則さんの妻さなえさん=同(32)=、長男唯人君=同(7)=、長女優里ちゃん=同(4)=は2009年8月9日夜、自宅の町営住宅から小学校へ自主避難する途中、川や水路からあふれた水に流され犠牲となった。

 利則さんの弟英二さんは高校卒業後、就職を機に佐用町から伊丹市へ移っていた。10年前の8月10日朝、変わり果てた故郷をテレビで見て言葉を失った。車で佐用へ急ぐ道中、消防から、兄と子ども2人が遺体で見つかったと連絡があった。後日、さなえさんも遺体で発見された。

 8月9日は優里ちゃんの誕生日だった。自宅にあったカメラにはこの日夜、家族で仲良く祝う写真が残っていた。その直後、一家は小学校へ向かった。「避難しなければ助かった」。やりきれなさがこみ上げた。

 豪雨後、佐用で暮らす父静夫さん(82)は脳梗塞を患うなどし、たびたび入院。認知症も進み、現在は施設で車いす生活を送る。

 英二さんは就職先の陸上部で実業団選手として10年間活動し、今も小学生らの指導を続ける。「背が低くても速く走れるようになる」。陸上の道に進んだきっかけは、小柄な英二さんへの利則さんの言葉だった。

 唯人君と優里ちゃんは自らの娘2人と同世代。「生きていればどんな少年、少女に成長していただろうか」。改めて4人の無念を思い、手を合わせた。(宮本万里子)

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