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式典に参加した岡田朝子さん=9日午前、長崎市松山町(岡田さん提供)
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式典に参加した岡田朝子さん=9日午前、長崎市松山町(岡田さん提供)

 被爆から74年を迎え、9日に長崎市松山町の平和公園で営まれた令和最初の「長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」。神戸市北区の岡田朝子さん(75)は、孫の小学3年生(8)を初めて連れて式典に参加した。

 岡田さんは1歳の時、爆心地から約6キロの自宅の庭で被爆した。自身の記憶はないが、後に母親から当時の惨状を伝え聞いた。水を求めた人が川に飛び込み、死体が折り重なっていたこと、伯父のやけどにうじ虫がわいたこと…。ただ、3人の孫には「つらく、恐ろしい話を聞かせたくない」と話さずにきた。

 しかし、被爆者が高齢化し、体験を語り継ぐことが難しくなっている状況に危機感を覚え、「今しかない」と決意。小3の孫に春先から少しずつ思いを語ってきた。

 8日に神戸をたち、長崎へ。「ばあばが生まれた古里だよ」。孫と原爆資料館を訪れ、写真などを見ながら体験を伝えた。

 式典には、手をつないで参列。原爆が投下された午前11時2分に合わせ、長い黙とうをささげた。「命のバトンがつながれ、今ここに孫といる。74年前の惨事が二度と起こらないように祈りました」と岡田さん。孫は「戦争は絶対にせずに、平和の世界でいられますように」と話した。(津田和納)

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