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広岡武治さんが亡くなる直前まで使った携帯電話を、大切に残す絹恵さん=兵庫県佐用町
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広岡武治さんが亡くなる直前まで使った携帯電話を、大切に残す絹恵さん=兵庫県佐用町
携帯電話(右)には、長女の結婚式で撮った写真などが無事に残っていた=兵庫県佐用町
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携帯電話(右)には、長女の結婚式で撮った写真などが無事に残っていた=兵庫県佐用町
広岡武治さん
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広岡武治さん

 兵庫県佐用町に甚大な被害をもたらした県西・北部豪雨から10年を迎えた9日、同町職員だった広岡武治(たけはる)さん=当時(54)=を失った妻、絹恵さん(65)=同町=は、夫の墓前で静かに手を合わせた。水害に備えた緊急登庁の途中、夫は濁流にのまれ、車ごと水没。絹恵さんは約6時間、町内を駆け回り、自ら夫の遺体を発見した。「私が行ってあげられたのが唯一の救い」。在りし日の姿と惨劇が交錯する。(井上太郎)

 当時、武治さんは町営の健康福祉施設「けんこうの里三日月」施設長。日曜日のこの日も勤務を終えて夕方にいったん帰宅した。約10キロ離れた三日月支所での待機指示を受け、疲れた様子も見せず午後8時半ごろ、軽トラックで再びたった。時間雨量は観測史上最大の89ミリに上ろうとしていた。

 30分後、西宮市で暮らす長女が電話で「お父さんが流された」と伝えてきた。水没しかけた車中の武治さんから「もうだめかもしれない」と電話があったという。病院の近く-。長女が聞いた目印を頼りに、絹恵さんは車を走らせた。

 迂回(うかい)を繰り返しながら約3キロ東の病院を目指し、翌未明に国道の水が引く。薄暗闇を歩くと、福祉施設のそばの水路で軽トラックが、荷台部分を下にして落ちていた。「お父さん、武治さん!」。運転席に座ったまま、唇は動かない。穏やかな表情だった。涙があふれた。

 水没した車内で見つかった携帯電話。真っ先に販売店に持ち込むと、まだ動いた。保存写真は全て家族のもの。長女の結婚式に次女と3人で。初孫の生後3日目の写真も。「片手で抱き上げられるね」と大喜びだった。

 絹恵さんはこの携帯を8年間使った後、スマートフォンにデータを移した。4年前に保育園長を退職し、送迎ボランティアを続ける。ふとしたときに、武治さんが撮った写真を眺める。「時間が止まっているのか、自分で止めているのか」

 今年4月、初孫の10歳の誕生日に「二分の一成人式」を祝った。幼稚園入園など節目の思い出を記した寄せ書きは「いろんな人との出会いを大切にしてね」と結び、無意識に筆が走った。

 「おじいちゃんとおばあちゃんより」

■「助ける側と意識しすぎた」当時の総務課長、残る悔い

 佐用町副町長の坪内頼男さん(68)は、当時総務課長で、広岡武治さんの家族からの捜索依頼に対応できず、「助ける側の人間だという意識にこだわりすぎた」と、唇をかむ。

 町役場では午後8時ごろから絶えず鳴り続ける電話の対応が追いつかず、1階が浸水して混乱を極めた。広岡さんが行方不明との一報にも「申し訳ないが、手が回らないのでご家族で捜してもらうしかない」と答えた。のちに訃報を聞き、がくぜんとしたという。

 坪内さんは毎夏、広岡さんの自宅を訪ね、線香を上げる。遺留品の状況から、広岡さんが川沿いを車で走ったのは「本庁舎に書類を届けようとしたのでは」と推測し、絹恵さんに説明した。絹恵さんは「夫が最後まで職務をまっとうしたことを覚えていてくれれば、それで十分」と話す。

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