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穂高岳で活躍した宮田さん(ハチプロダクション提供)
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穂高岳で活躍した宮田さん(ハチプロダクション提供)
撮影中の宮田八郎さん(ハチプロダクション提供)
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撮影中の宮田八郎さん(ハチプロダクション提供)
宮田さんが撮影した山の風景(ハチプロダクション提供)
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宮田さんが撮影した山の風景(ハチプロダクション提供)

 北アルプスの穂高連峰で100年近く営業する「穂高岳山荘」の元支配人で、映像作家としても活躍した神戸市灘区出身の宮田八郎さんが昨春、海難事故のため52歳の若さで亡くなった。険しい高峰を愛したが、近年は幼い頃から親しんだ摩耶山にも興味を示し、映像を撮り始めた直後の死だった。同級生らが15日、宮田さんが遺(のこ)した映像を鑑賞し、彼について語り合う催しを地元・灘区で開く。(上杉順子)

 宮田さんは水道筋商店街の近くで生まれ育った。10代後半から標高2996メートルの同山荘で働き始め、1994年から12年間は支配人を務めた。山岳遭難救助でも知られた存在で、実写映画化された人気漫画「岳」には宮田さんがモデルになった人物が登場する。

 映像技術も学び、2001年には制作会社「ハチプロダクション」を立ち上げた。美しい山の風景をテレビ番組などに提供し、作品はDVDにもなっている。精力的に活動していた18年4月、南伊豆の海でカヤックの練習中に行方不明となり、翌月、発見された。

 今回のイベント「おかえりハチロー」は原田中学、神戸高校で同期だった慈(うつみ)憲一さん(53)らが企画した。灘区の活性化に取り組む慈さんが4年前、「摩耶山上で話をしてほしい」と連絡したのを機に交流が復活。宮田さんから「作品の上映会を灘でやりたい」と頼まれて手伝ったり、帰省時に会ったりしていた。

 亡くなる数カ月前に「摩耶山で四季の風景や星空を撮りたい」と言い出し、神戸港から見上げる山や、山上の雪を撮影していた。「春になったらハイカーを撮りたい」と話していたが、かなわなかった。

 「いよいよ地元回帰かと楽しみだったのに。もっと山のことを教えてほしかった」と慈さん。当日は数分間分だけ遺した摩耶山の映像、穂高の自然を4Kカメラで撮影した「星々の記憶」(17年)を上映する。ゲストは妻和子さん。追悼イベントではなく、「地元では彼の功績が知られていないので、わいわい話をして『すごかったんやな』と語り合いたい」と話す。

 慈さんの私設公民館「西灘文化会館」(同市灘区倉石通2)で午後6時半開演。入場料千円、ワンドリンクオーダー制で、地元商店の食品は持ち込み可。先着40人。申し込みは専用サイト(https://ssl.kokucheese.com/event/entry/574950/)から。

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