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全国戦没者追悼式に兵庫県から遺族代表献花者として参列した森本堅介さん=東京・日本武道館
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全国戦没者追悼式に兵庫県から遺族代表献花者として参列した森本堅介さん=東京・日本武道館
全国戦没者追悼式に兵庫県から遺族代表献花者として参列した森本堅介さん(中央)=東京・日本武道館
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全国戦没者追悼式に兵庫県から遺族代表献花者として参列した森本堅介さん(中央)=東京・日本武道館
全国戦没者追悼式に兵庫県から遺族代表献花者として参列した森本堅介さん(左端)=東京・日本武道館
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全国戦没者追悼式に兵庫県から遺族代表献花者として参列した森本堅介さん(左端)=東京・日本武道館

 終戦から74年となった15日、兵庫県内でも戦没者遺族や戦争経験者らが、犠牲になった人々を悼み、不戦への誓いを新たにした。めまぐるしく動く国際情勢を見据えつつ、「平和」の意味を問い掛け、若い世代へその思いを託した。

 県内では台風10号の影響で、姫路市の戦没者追悼式をはじめ、戦没した船と海員の資料館(神戸市中央区)の慰霊式典など、県内各地で関連行事の中止が相次いだ。

 自宅で過ごした姫路市広畑区の男性(89)。1945(昭和20)年6月の姫路空襲を体験した。被害が大きかった川西航空機姫路製作所で養成工として働き、隊列を組んで迫るB29爆撃機から近くの田んぼに逃れて助かった。

 「爆弾が落ちるたびに、体が浮く。生きている心地なんて全くなく『次の爆弾で死ぬ』としか思わなかった」。空一面が赤く染まったように見え、周囲は血を流した人であふれた。

 語り部として地元の小学生らに伝えてきたが、「戦争の恐怖は、言葉で伝えきれるものではない」と言い切る。対極にある「平和」も同じ、と考えている。

 近年、戦争があった過去から切り離され、フレーズだけが独り歩きしているように思えてならない。「『平和』なんて概念、戦争中は存在すら知らなかった。きれいな言葉だが、今も実感がわかない」と話す。

 神戸市兵庫区のギャラリーでは、旧満州(現中国東北部)からの引き揚げ経験者の体験を聞く会があり、戦争経験者ら約10人が集まった。神戸空襲を経験した女性(79)=同区=は「防空ずきんをかぶって必死で山手に逃げたが、山から炎に包まれる市街地を見て『家が燃えてしもたわ』とぼうぜんと語った父の姿が忘れられない」と回想する。日韓、米中など悪化する国際関係を念頭に「平和に絶対はない」と今後を危ぶんだ。

 父が中国で戦病死した森本堅介さん(78)=洲本市=は、東京であった全国戦没者追悼式に初めて参列。兵庫県の遺族代表献花者として戦没者を追悼し、不戦を誓った。「穏やかな時代を築くのも戦争を起こすのも人間。なぜ戦争が起きたのかをいま一度検証し、皆で平和な時代をつくっていかないと」と口元を引き締めた。(川村岳也、小川 晶、永見将人、井上 駿)

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