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第28期王位戦7番勝負。谷川浩司九段(左)は高橋道雄王位に挑戦し、激闘を繰り広げた(肩書は当時)=神戸・有馬温泉
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第28期王位戦7番勝負。谷川浩司九段(左)は高橋道雄王位に挑戦し、激闘を繰り広げた(肩書は当時)=神戸・有馬温泉

 将棋の八大タイトルの一つ「王位戦」は今年で第60期を迎え、人間でいえば「還暦」。現在は豊島将之王位と挑戦者・木村一基九段が全国を転戦し、熱い戦いを繰り広げている。長い歴史のある棋戦について、兵庫県在住の王位経験者・内藤國雄九段と谷川浩司九段に振り返ってもらう。

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 1970年代から80年代初め、中原誠や米長邦雄、内藤國雄らによって覇権が争われた王位戦。時が移り、一回り以上若い高橋道雄、そして谷川浩司らの名が歴代王位に並び始める。

 76年に史上2人目の中学生棋士としてプロ入りした谷川は、神戸市須磨区に生まれ育った。「実家が神戸新聞を購読していたこともあり、子どものころから王位戦は一番なじみの深いタイトル戦だった」

 80年、初めて王位戦リーグに名を連ねる。2年後の第23期にはリーグを突破し挑戦者決定戦に進んだが、「神戸組」の総帥・内藤に敗れた。

 〈完敗で、ちょっとチャンスはなかったです。ただ、内藤先生が7番勝負を4勝2敗で勝たれましたのでね。悔しい思いと、一門の先輩がタイトルを獲得されたという喜びと、二つの思いがありました〉

 83年、21歳で史上最年少名人に。王位初戴冠は87年の第28期、高橋を4勝1敗で破った。相掛かり、四間飛車、矢倉と毎局戦型が変わり、観戦記者の高林譲司は「色彩感あふれる戦い」(「盤上の攻防」)と記している。

 谷川は当時「将棋に対する迷いがあった」。85年度の対局数が86局、86年度は76局と、いずれも年度最多の忙しさだった。一方でこの2年間のタイトル戦登場は4回、獲得は棋王1期のみ。あと一歩というところでの敗退が多く、納得のいくものではなかった。

 〈名人になった21歳の時より力がついている実感はあるのに、最後の最後で結果が出ない。新しい気持ちで対局に向かいにくくなっていた〉

 将棋を楽しもうと、得意の相矢倉を封印。直前に棋王を奪われた相手の高橋は矢倉が得意だったこともあり、さまざまな戦法を駆使した。

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 92年まで6年連続で、谷川は王位戦7番勝負に登場し、3連覇を含む計4期を獲得した。

 90年には20歳の佐藤康光の挑戦を受ける。28歳だった谷川にとって「羽生世代」との初のタイトル戦はフルセットの激闘となった。

 〈この年は名人を失い、王位戦で負けたら無冠になるピンチだった。7番勝負は内容的にやや押されていたと思うけれども、最終局、自分でも会心の寄せが決まった。この後すぐ王座と竜王を獲得して三冠になり、そういう意味でも最終局は大きな勝負だった〉

 2年後、四段の郷田真隆が挑戦者として名乗りを上げる。「既にトッププロの力があった」(谷川)という21歳はこの92年度、王位戦に加え棋聖戦の前期、後期と計3回、谷川とタイトルを争っている。棋聖は防衛した谷川だが、王位は2勝4敗で敗れ、郷田は史上唯一の「四段でのタイトル獲得者」となった。

 翌93年、羽生善治が郷田を破り、初めて王位を獲得。羽生は防衛を重ね、99年に谷川の挑戦を受ける。=敬称略=

(溝田幸弘)

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