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丹波豪雨で亡くなった志賀輝行さん
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丹波豪雨で亡くなった志賀輝行さん
自宅があった地区で体操に参加する志賀かねこさん。昔なじみに会うと笑顔がこぼれる=丹波市市島町上竹田
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自宅があった地区で体操に参加する志賀かねこさん。昔なじみに会うと笑顔がこぼれる=丹波市市島町上竹田

 兵庫県丹波市で2014年8月16日から17日未明にかけて発生し、1人が死亡、4人が重軽傷を負った丹波豪雨から、17日で丸5年となる。志賀かねこさん(78)=同市市島町=の自宅は土砂崩れで全壊し、夫の輝行さん=当時(79)=を亡くした。思い出の詰まった自宅や畑はすべて流され、いまも更地のまま。「5年がたつけど、特別なことなんて何もない。ずっと寂しいばかり」(大田将之)

 5年前の8月16日。夕方から徐々に強くなった雨は、17日午前2~4時ごろ、ピークに達した。

 同市市島町徳尾にあった木造2階建て。かねこさんは1階で横になっていた。輝行さんの姿は見えなかった。「土のうでも積んでいるのかな」。すさまじい雨音が不安で眠れなかった。

 突然、天井が割れた。真っ黒な空がのぞき、顔に激しい雨が打ち付ける。裏山からの土砂が家を押しつぶしていた。脚が机の下敷きになって動けない。「寒くて、寒くて。怖かった」

 救出されたのは17日午前11時すぎ。両脚を骨折していた。約2時間後に見つかった輝行さんは、すでに息を引き取っていた。

 7人きょうだいの長男で、責任感が強かった輝行さん。トラックやバスの運転手として70歳になるころまで働き続けた。

 仕事から帰ると、好物のみそ汁をうまそうにすすった。「あんなに頑張って働いて働いて、なんにもなくなってしまって。あほらしいね」。だしを丁寧に取るかねこさん自慢のみそ汁は、輝行さんを亡くして以降、既製品の粉末だしを使うようになった。

 仕事を引退すると、近くに畑を借り、有機農業を始めた。育てたキュウリやトマトは、どこで買うものよりも味が濃かった。畑も含め、思い出の品のほとんどが土砂に埋もれてしまった。

 自宅再建のめどは立たず、車で15分ほど離れた公営住宅で息子と暮らす。かつて住んでいた地区で開かれる「いきいき百歳体操」が心のよりどころだ。毎週火曜、気心の知れた“ご近所さん”と汗を流す。「住み慣れた場所を離れて心細いけど、みんなに会えるし、体を動かすと寂しさも飛んでいく」と笑う。

 「お父さん来たよーって」。月に1度の墓参りは、輝行さんに会えるような気がする。「一緒に畑へ行ったり、横でテレビを眺めたり、当たり前の毎日が幸せやった。私は生き残ったから、これまで通り普通に暮らすだけです」

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