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大阪万博会場で生まれたゾウの「ヒロバ」について調べている磯田綾香さん(左)と杉山菜月さん=関西大学
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大阪万博会場で生まれたゾウの「ヒロバ」について調べている磯田綾香さん(左)と杉山菜月さん=関西大学
子どもたちを引き連れ、大阪万博会場を歩くゾウ。真ん中の子ゾウが「ヒロバ」とみられる=1970年8月16日、大阪府吹田市
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子どもたちを引き連れ、大阪万博会場を歩くゾウ。真ん中の子ゾウが「ヒロバ」とみられる=1970年8月16日、大阪府吹田市

 1970年に開催された日本万国博覧会(大阪万博)の会場(大阪府吹田市)で、タイからやってきたゾウの一群に1頭のゾウが生まれた。日本で初めて生まれたゾウだった。「ヒロバ」と名付けられた子ゾウは今-。その行方を、関西大学(同市)の学生たちが追い続けている。足取りを手繰る中で、学生たちはゾウを巡る日本とタイの価値観の違いにも直面している。(鈴木雅之)

 70年当時の神戸新聞によると、大阪万博のナショナルデーに合わせて開催される「象祭り」に出演するために、タイから飛行機でゾウ4頭が会場に、大型船で16頭が神戸に上陸した。神戸港から会場まで1泊2日の「大行進」には見物客が詰め掛け、お祭り騒ぎに。会期中に生まれたヒロバも一躍人気者となった。

 来日約1カ月後の70年9月に同じ道を引き返し、一夜を過ごした武庫川の河川敷では、ヒロバを一目見ようとゾウも眠れないほどの人だかりができたという。ヒロバは、母ゾウのクンと共に神戸港から帰国した。その後、どうなったのか。

 関西大では2014年、社会学部の黒田勇教授の下、当時の4年生4人が千里ニュータウンについて調べる中で、ヒロバに興味を抱き調査に着手。17年に別の4年生2人が引き継いだ後、現在は同学部社会学科4年の磯田綾香さん(21)と杉山菜月さん(21)が調べている。

 情報が乏しい中、過去の卒業生らは2度、タイに渡って取材した。関係者を捜すうち、ある村の村長に「ヒロバは象保護センターで死んだと聞いた」と聞かされた。同センターに墓もあるという断片情報に接したが、死に立ち会ったとされる人物はヒロバを「知らない」と口をつぐみ、確証は得られなかったという。

 一方、万博へのゾウ誘致に関与した日本人の仲介で、万博2年後の72年10月にヒロバが再来日し、栃木県鹿沼市のゴルフ場を訪れていたことが当時の下野新聞の記事で判明した。しかし、その日本人は既に死去しており、ヒロバのその後の行方は分からなかった。

 こうした先輩たちの調査結果を受け、磯田さんと杉山さんはヒロバの生涯の解明を目指す。タイではゾウは輸送力として人の営みに深く関わってきただけでなく、「王の象徴」として神聖視されてきた。中国のパンダのように、ヒロバは日本との外交に使われていた可能性がある。

 現地の関係者が生死について口を閉ざすのにも、磯田さんと杉山さんはそうした背景があるとみていて、「ヒロバの生涯を追うことで、ゾウへの理解や、両国の交友を深められるのではないか」と考えている。

 2人は今冬ごろまでにタイへの渡航を計画しており、ヒロバに関する情報を募っている。情報提供は、磯田さんのメール(noro.ayaka0118@gmail.com)へ。

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