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国立フリデリク・ショパン研究所のアルトゥル・シュクレネル所長。窓向こうの建物はショパン博物館=ポーランド・ワルシャワ市内
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国立フリデリク・ショパン研究所のアルトゥル・シュクレネル所長。窓向こうの建物はショパン博物館=ポーランド・ワルシャワ市内
ショパンの心臓を収めた聖十字架教会の柱=ポーランド・ワルシャワ市内
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ショパンの心臓を収めた聖十字架教会の柱=ポーランド・ワルシャワ市内

 ワルシャワ市内の繁華街の一角に、聖十字架教会がある。玄関を入ってすぐの白い柱に、ポーランド語でこう書かれていた。

 〈ショパンの心臓、ここに眠る〉

 ピアニストとして類いまれな才能を持ったフリデリク・ショパン(1810~49年)。ポーランドを後にし、主にフランスで活躍した。祖国はロシアの統治下で、自らの意志で外国に滞留したため亡命の身だった。最後まで帰国はかなわず、39歳で世を去った。

 「死後は心臓をワルシャワに運んでほしい」と遺言。姉のルドヴィカが持ち帰り、柱に埋め込まれた。

 それだけではない。最後に愛用したピアノ、自筆楽譜、家族や友人宛ての手紙など。ポーランドには巨匠の遺産が数多く残る。フリデリク・ショパン博物館は約6300点の資料を所蔵。多くは地下倉庫で傷まないように管理する。入館者は年間約10万人。日本人をはじめ、海外からの観光客も多い。

 同館を管轄する国立フリデリク・ショパン研究所のアルトゥル・シュクレネル所長は、国際ピアノコンクールがさらにファンを増やしているとみる。「今はネットを通じ世界中でライブ鑑賞できる。2015年のファイナルは特に高い数字を出しました」と語る。

 遺産の幾つかは10月、神戸の「ショパン-200年の肖像」展で公開される。シュクレネル所長は自筆譜の価値をこう説明する。

 「出版物と違い、欄外にいろんな書き込みや消した跡がある。完成までにいかに苦しみ、悩んだか。息遣いが伝わってきます」

 楽譜を通じショパンは世界へ広がった。日本では、切ないメロディーが特徴の「別れの曲」の人気が高い。映画「さびしんぼう」(1985年、大林宣彦監督)、テレビドラマ「101回目のプロポーズ」(91年)で流れた。近年では、話題のアニメ「天気の子」で前奏曲「雨だれ」が採用されるなど、定着する。

 なぜか。国立ワルシャワ大学で、その秘密を示唆する場面に出合った。

 日本語学科があり、和の文化を学ぶ学生、職員が多い。茶道クラブもある。着物に身を包み、静かに茶をたてるポーランド人女性たち。教員のウルシューラ・ブライソンさんの言葉が印象に残った。

 「ショパンの曲は派手さがなく、奥深い。茶道の『わび、さび』に似ているように思うんです」

 音で物語をつむいだショパン。生涯、音の詩人を貫いた。その魂は今も故郷に生き、ピアノ演奏を通じ日本人の心にも染み込んだ。(津谷治英)

=おわり=

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