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映画「島守の塔」監督の五十嵐匠さん=養父市立ビバホール
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 太平洋戦争の終結から75年の節目となる来年、沖縄戦を描く映画「島守の塔」が製作される。沖縄戦は住民を巻き込んだ国内唯一の地上戦で、20万人以上が犠牲となった。映画では、最後の官選知事として沖縄に赴任した島田叡(あきら)氏、部下で元警察部長の荒井退造氏を軸に、住民目線で平和を訴える。監督を務めるのは、戦場カメラマンの作品で実績を残す五十嵐匠さん。来秋の完成を目指し、「島田、荒井両氏を偉人ではなく一人の人間として描き、真実の戦史を若い人に伝えられる物語に仕上げたい」と抱負を口にする。(津谷治英)

 ーこれまで沢田教一さん、一ノ瀬泰造さんと戦場カメラマンを描いた映画を手掛けてきました。沖縄戦については、どう捉えていますか。

 「難しい題材だと考えてきました。子どもや女性、高齢者を含む県民の4人に1人が亡くなった。兵隊に避難壕(ごう)を追われた住民がいる。暗闇の中で赤子が泣くと敵に気付かれると脅され、おしめを口に詰めて殺してしまった母親がいる。地獄です」

 「軍は戦闘を優先するから、住民をじゃまだと考えている。今も地元では、日本軍が自分たちを守ってくれなかったとの恨みを持つ人が多い。それが現在の基地問題にもつながっている。本や資料を調べながらシナリオを作っていますが、想像以上に大変です」

 ー今回、五十嵐さんを映画製作へと突き動かしたものとは、何だったのですか。

 「知人から島田叡さん、荒井退造さんを紹介してもらったことが大きかったですね。敗戦濃厚の当時、沖縄へ行くのは死を意味していた。島田さんは『俺が断ったら、誰かが行かないといけない』と言い残して赴任した。しかし一方で、軍に協力して若い人の名簿を提出し、ひめゆり学徒隊や鉄血勤皇隊などで、10代の若者を戦場へと送り込んでしまった。職務とはいえ、自分の娘と同年代ですから、苦しかったでしょう」

 「荒井さんもそうです。島外への疎開が進まず苦心し、警察が先頭に立とうと部下の家族を乗せて対馬丸を出港させる。ところが、その対馬丸が米軍に撃沈されてしまい、多くの犠牲者を出すことになった。つらかったと思います。2人とも重い十字架を背負って沖縄戦と向き合った。苦悩しながら住民保護に尽くす姿から、見えてくるものがあると考えています。ベトナム戦争を報道した沢田さんについて調べたとき、戦場から生還したカメラマン仲間のつらさが印象に残りました。島田さん、荒井さんの家族も2人の気持ちを理解し、苦しんだと思います」

 ー島田さん、荒井さんは生き残ることを選ばず、最後まで県民と共に行動をしました。

 「私は偉人伝にはしたくないんです。島田さんも、荒井さんも神ではない。1人の人間として悩み、もがき苦しんだ。首がなかったり、はらわたがえぐり出されたりした少年や少女の遺体を目の当たりにしたはずです。それをどんな思いで目に焼き付けたか。しっかりと描くつもりです」

 「島田さんは『生きろ』と言っていますが、安易に使いたくないんです。この言葉の意味をしっかり説明するには、戦前の皇民化教育を理解する必要があります。沖縄の人は懸命に『日本人』になろうとした。そして捕虜になったら、男は殺されて女は乱暴されると刷り込まれていた。そんな中で『生きろ』と言っているんです。時代の状況を正確に把握しないと、島田さんの言葉の深さは伝わりません」

 ー2人の魅力を、どこに感じていますか。

 「島田さんは明るさと行動力でしょうか。空襲で焼け野原になった那覇に着任すると、職員に『明朗にやろう』と声を掛け励ます。食糧調達に動いたのは、県民を絶対に飢え死にさせないという気持ちの表れです。軍は首里を放棄して島の南部へ撤退する際、一緒に住民を避難させるよう指示します。戦渦に巻き込まれることは明らかで、島田さんは激しく怒りました。沖縄守備軍の牛島満司令官とは満州時代からの知り合いだったけれど、ここから軍と距離を取るようになる。良いこと、悪いことをはっきりと言う。野球人らしいスポーツマンシップを感じます」

 「荒井さんは寡黙で淡々と職務をこなす印象です。対馬丸事件を乗り越えて、住民の疎開を進めていきます。南部に撤退した後、比較的安全な東部への避難に尽力し、実際に助かった住民もいます。2人とも非常時に、できることを考えてやっています。『陽』の島田、『陰』の荒井といった人物像を浮き彫りにできれば、と思います」

 ー沖縄戦について関係者に話をうかがっていると、よく「戦時行政」という言葉を耳にします。非常時の行政のあり方は、大災害が多い近年に通じるところがあります。

 「そうですね。内務官僚としての責任を突き詰めることは、人間は何が大切かをはっきりさせることにつながります。今のように官僚の堕落が指摘される時代には、意味があるかもしれません。題名の『島守の塔』は島田さんと荒井さんだけでなく、当時の県職員と警察官のための慰霊塔です。職員全体の行動や思いを描きたいと思っています」

 「沖縄のひめゆり資料館を訪れたとき、修学旅行の生徒たちと出会いました。女子学生の1人が展示を見て、ぽろぽろ涙を流していたのが記憶に残っています。ひめゆり学徒隊と同年代ですよ。彼女にこそ、見てほしい。戦争を知る世代が亡くなっていく時代、若い人たちに戦争の歴史を伝えていかなければ。主要な登場人物には島田さん、荒井さんに加え、沖縄戦の象徴として少女が出てきます。演出を通して、若い世代に戦争の真実を感じてほしいと願っています」

◆島田叡(しまだ・あきら) 旧制神戸二中(現兵庫高校)、東京帝国大を卒業し旧内務省入り。1945年1月に最後の官選知事として沖縄赴任。6月末、消息を絶つ。享年43歳

◆荒井退造(あらい・たいぞう) 旧制宇都宮中学校(現宇都宮高校)、明治大などを卒業。警察要職を歴任して43年に沖縄へ。45年6月末、消息を絶つ。享年44歳

【いがらし・しょう】1958年青森市生まれ。立教大学卒。96年に戦場カメラマン沢田教一を描いた「SAWADA」で、キネマ旬報文化映画グランプリ。他に「地雷を踏んだらサヨウナラ」(2000年)、「二宮金次郎」(18年)など。

【映画「島守の塔」】島田叡氏の出身地兵庫の神戸新聞社とサンテレビ、荒井退造氏の出身地栃木の下野新聞社、沖縄の琉球新報社、沖縄タイムス社らで構成する委員会が製作する。

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