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弟今村幸司さんの銘板が追加された思いを語る(左から)今村憲司さん、妻佐智子さん、長男治樹さん=14日午後、神戸市中央区加納町6、東遊園地(撮影・吉田敦史)
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弟今村幸司さんの銘板が追加された思いを語る(左から)今村憲司さん、妻佐智子さん、長男治樹さん=14日午後、神戸市中央区加納町6、東遊園地(撮影・吉田敦史)
父加藤史朗さんの銘板を取り付ける菊地いつかさん=14日午後、神戸市中央区加納町6、東遊園地(撮影・吉田敦史)
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父加藤史朗さんの銘板を取り付ける菊地いつかさん=14日午後、神戸市中央区加納町6、東遊園地(撮影・吉田敦史)

 「生きた証しを次世代に」「心の整理がついた」。阪神・淡路大震災の犠牲者らの銘板がある神戸・三宮の東遊園地で14日、新たに4人の名前が加わった。遺族らは亡き人の面影をしのび、25年の歳月を思った。

■安らかに眠って

 奈良県橿原市から訪れた今村憲司さん(76)。弟の幸司さん=当時(44)=を亡くした。

 両親と幸司さんが暮らしていた兵庫県芦屋市の自宅は全壊。両親は無事だったが、2階にいた幸司さんは家屋の下敷きになった。

 震災の数年前に印刷会社をやめ、油彩画家として活躍することを夢見ていた幸司さん。遺品の大半ががれきとなったが、絵の一部は何とか取り出せた。

 震災2年前の芦屋市展に出品したヒョウタンの静物画もその一つ。「弟の存在を間近に」と自宅の応接間に飾ってある。「生きていたらどのくらいの才能が開花したかな」。妻佐智子さん(72)とほほえみ合う。

 夫婦と長男治樹さん(46)の3人で銘板を取り付けた。憲司さんは「名前の一文字一文字を見て思いがこみあげた。安らかに眠ってもらいたい」とかみしめるように話した。

■一区切りついた

 「ここに来ればいつでも会える」。有川貞子さん=享年(74)=の銘板を見つめ、長女岸本つや子さん(76)=千葉市=と次女沖昌代さん(74)=神戸市垂水区=が手を合わせた。

 貞子さんは神戸市北区で被災。同市中央区や灘区に所有していたアパートなどの復旧作業に奔走したが、1995年4月に亡くなった。

 心配を掛けまいと振る舞っていたが、心臓に持病があり、肺には水がたまっていた。沖さんは「よく我慢して頑張った」と目を潤ませ、岸本さんは「一区切りついた」と安堵(あんど)の表情を見せた。

 また、昨春、64歳で病死した女性は、神戸市東灘区のアパートで8時間生き埋めになった。一命は取り留めたものの、背骨を複雑骨折し、20年余り病院と福祉施設を行き来した。

 徐々に寝たきりになり、言葉も話せなくなった。姉(72)が世話をするたびに、口をしきりにぱくぱくと動かした。「一体、何を言ってたん? ありがとうかな」。母(92)とともに、妹の名前に問いかけた。

■最後の親孝行に

 銘板には、復興などに貢献した人も含まれる。妹の加藤はるかさん=当時(11)=を失った菊地いつかさん(40)=神戸市西区=は、今年8月に76歳で亡くなった父加藤史朗さんの名前を取り付けた。「最後の親孝行ができた。両親と妹の名前がこの場にそろったことを(妹も)喜んでくれていると思う」

(竹本拓也、篠原拓真、堀内達成)

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