新型コロナとの共生に必要なこと 神戸常盤大・黒野准教授

2020/05/17 14:00

神戸常盤大保健科学部の黒野利佐子准教授=神戸市長田区(撮影・鈴木雅之)

 新型コロナウイルスの感染が広がってから、病院に通いにくくなった。歯科や皮膚科など日常、お世話になるお医者さんだけでなく、持病の治療でも通院を控えようとする人が出ている。未知の感染症の拡大を防ぎ、医療現場を逼迫(ひっぱく)させないように協力しましょう-などと言われ、多少の体調不良は「不要不急」と言い聞かせている節もある。「元気だった人が突然倒れ、病に伏せる感染症は確かに怖い。けれど、よく考えてみませんか」。そう発信するのは、「医療社会学」を研究する神戸常盤大保健科学部の黒野利佐子准教授(55)だ。一緒に考えてみたい。(山崎史記子) 関連ニュース コロナ感染拡大で淡路医療センター、新規入院28日から停止 救急など全診療科で 大量欠勤相次ぎ、医療機関「ぎりぎりの状態」「厳しい」 感染、濃厚接触などで一度に75人も 【詳報】兵庫で新たに76人感染 57日ぶり100人切る


■そもそも「医療社会学」とは、どんなものなのですか。
 「ざっくりと言うと、医学や看護学は、臓器や生活レベルで人の健康状態を見て、どうして病気になったのかと考えます。これに対し医療社会学は、生活環境や経済状況、医療へのアクセス状態、文化的側面など、医療だけではない広い部分を加味しながら、病気や症状と向き合う学問です」
■新型コロナは同じ感染症にもかかわらず、国によって対応や発生状況などが異なります。どう分析されていますか。
 「よく言われることですが、感染の有無を調べるPCR検査の数が大きく違います。コロナの感染者数は、検査を受けないとアップ(計上)されない。国際的に見ても、日本の検査の少なさは驚かれています。総人口が少ないとはいえ、アイスランドは国民の6%がPCRを受けたと言います。今の日本の検査状況では、こういった国々とは致死率の重みがかなり違ってきます」
■政府の専門家会議のメンバーも、国会で「感染者の実数はどれだけか分からない」と発言していました。これまでの日本の対応をどう見ますか。
 「1月の終わりごろには、中国など多くの感染者が出ていた国の状況から、感染者の8割が軽症といった傾向は見えていたはずです。日本は、各国の対応を見ながら策を練ることができたはずなのに、あまりにお粗末な状況と言えます。厚生労働省の対策班は何をしていたのかと思わざるを得ません。その結果、現場は本当に疲弊しています」
 「新型コロナは、確かにインフルエンザより数倍の病毒性があって、元気に活躍していた方が急に亡くなるケースもあります。当初、インフルエンザ程度と言われていたことを考えると、安易に考えるのは危ない。しかし、これから長期間にわたって付き合っていかなければならないことを考えると、この感染症の怖さを他の病気と比較し、相対化する必要があると思います」
■「怖さを相対化する」というのは、どういうことでしょう。
 「日本で2018年に死亡した人の数は、約136万人でした。単純に月で割ると1カ月で約11万人。日に換算すれば、平均約3700人が亡くなっています。そのうち肺炎は総数で年間約9万人。1日に259人が亡くなっている計算になります。新型コロナの日本での死者は、初確認された2月から5月半ばで700人余り。肺炎で亡くなる方の全体数と比べると、今のように医療資源を使い果たす対応を続けていいのか、と疑問を感じます」
■一方、発熱して新型コロナウイルスの感染を疑われた患者が、救急搬送でたらい回しにされるケースが生じています。
 「感染爆発したイタリアで、クリニックが自発的に閉めてしまったという報道を見て、『そんなことがあっていいのか』と憤りを感じました。日本でも同じようなことが起こっています。院内感染を恐れ、病床が余っていても受け入れない病院がある。一方で、スタッフが感染の恐怖におびえながら、不眠不休で奮闘し続けている病院がある。医療者は人命を守るために働くものなのに、患者を断るという選択肢ができてしまっている。新型コロナの怖さが相対化されていないが故に、医療者たちも含めて『社会的な病気』に陥ってしまっているのだと思います」
■PCRのほかに抗体、抗原の検査があると報じられています。自分の状態を把握できれば、もう少し安心して社会活動ができるのでは、と考える人は少なくないと思います。
 「初動で多くの検査をすることができなかった日本は、これから『感染の足跡』、つまり罹患(りかん)歴が分かる抗体検査にもっと力を入れるべきでしょう。完璧ではないにしても、感染の母数をつかむことで致死率を再評価することができます。PCRと併用しながらデータの精度を上げていけば、限られた医療資源の再配分について検討することができます。社会活動のあり方についての具体的な議論も可能になる。加えて、亡くなった方の基礎疾患や服用薬、生活スタイルはどうだったのか-という客観的な分析も欠かせません」
 「今のコロナ対策は経済的な弱者を生み出しています。今後、誤った『ステイホーム』のメッセージによって、高齢者が体調を崩したり、基礎疾患がある人が症状を悪化させたりするケースが続出するのではないか、と恐れています」
■新型コロナはいったん収まっても、再流行する可能性があります。
 「今回のコロナ禍で、感染症への備えが足りていなかった日本の現状が明らかになりました。感染症は確かに怖い。しかし、病原体やウイルスのない社会はありません。過去に恐れられた病も、医療環境や生活水準が向上したことで克服できるようになりました。日本の衛生環境や風土、人々の生活スタイルなどを加味した上で、この国における新型コロナの病毒性をしっかりと示し、社会全体の免疫力を上げなければなりません」
 「ウイルスは社会と相互作用します。コロナが再流行した時、あるいは別のウイルスによる感染症が発生した時に、どう備えるのか。ウイルスそのものの怖さにばかり目を奪われず、今の日本社会の状況を掛け合わせた独自の対策を立てることで、苦しむ人が少ない社会づくりへとつながっていくと信じます」
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【くろの・りさこ】神戸市兵庫区生まれ。京都市立看護短期大卒業後、神戸海星病院の看護師を経て、米テキサス大オースティン校で看護学の修士を取得。日本保健医療社会学会メンバー。マラソン、水泳が好きな行動派。京都市在住。
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【記者のひとこと】 何が正しくて正しくないのか、今正確に答えられる人はいないはず。この取材後も、国は新たな方針を打ち出している。採れるデータは集めて残して、生かしてほしい。そうすることでようやく、「正しく怖がること」ができるはずだから。
【記事特集リンク】新型コロナウイルス

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