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誠さんの遺影を持つ守さん。ランドセルや教科書、ノートは大切な宝物だ=西宮市越水町
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誠さんの遺影を持つ守さん。ランドセルや教科書、ノートは大切な宝物だ=西宮市越水町
西宮市の慰霊碑に刻まれている竹田誠さん、竹田四三子さんの名前=西宮市奥畑
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西宮市の慰霊碑に刻まれている竹田誠さん、竹田四三子さんの名前=西宮市奥畑

 いつもと違うコロナ禍での「1・17」を前に、追悼行事への参加を思い悩む遺族もいる。そんな中でも、兵庫県西宮市立大社小3年だった次男誠(まこと)さん=当時(9)=を亡くした同市の会社員竹田守さん(65)は、今年も17日午前5時46分、誠さんの名前が刻まれた西宮震災記念碑公園(同市奥畑)の碑の前に立つ。これまでも1年に1度、1月17日だけは、「何事があっても」足を運んできた。「あの時間あの場所は、《まこ》と一対一で話す場だから」(中島摩子)

 阪神・淡路大震災で、同市越水町の一戸建てが全壊。誠さんと、同居していた守さんの母四三子(よみこ)さん=当時(69)=が亡くなった。

 がれきの中から取り出した黒色のランドセルは、「まこの生きた証し。宝物」だ。中には、誠さんが震災前夜に用意したノートや教科書がそのまま入っている。算数のノートを開くと、掛け算や割り算を頑張っていたことが分かる。当時人気だったアニメの下敷きや筆箱も。サッカーを頑張り、学校でたくさんの友人に囲まれていた。

 何年たっても涙が出る。「お父さんを9年しかさせてもらえんかった。ごめん。あれも、これも、いろいろしてやりたかった…」。震災の日の夜には、マグロが好きな誠さんと、回転ずしに行く約束をしていたのに。はしゃいでいた姿を思い出す。

 震災後、自宅は同じ場所で再建した。2階には誠さんの部屋も作った。その部屋の押し入れに、今もランドセルを置いている。

 誠さんは、友だちが仲間外れにされているのを見たら、「そんなことしたらあかん」と注意する子だったという。店のレジに並んでいて、割り込みがあると怒った。何でも一生懸命で、正義感が強かった。

 だから守さんは震災後、「9歳の純粋な価値観に照らして、格好悪くない生き方をしたい」と思い続けてきた。悩んだ時は「まこやったらどうするかな」と考える。

 そうやって生きることを改めて誓うのが、毎年1月17日だという。慰霊碑の名前を見つめ、「恥ずかしくない人生を送るからな」と語り掛ける。そうして「男同士の会話をして、一年が始まる」。だから今年も必ず行く。

    ◇

 西宮震災記念碑公園では今年、感染予防のため17日の記帳所設置や市長のあいさつは見送られる。黙とうや献花は例年通りで、マスクの着用を呼び掛けている。

    ■    ■

▼行けないけど分かってくれてる 次男真輔さん犠牲の三宅弥生さん(79)=神戸市東灘区

 「行きたいのはやまやまだけど、今回は思ってもみないこと。仕方がない。真(しん)も分かってくれてる」

 阪神・淡路大震災で次男の真輔さん=当時(28)=を亡くした神戸市東灘区の三宅弥生さん(79)は、神戸・東遊園地の追悼行事への参加を今年は見送ることにした。

 会社員だった真輔さんは芦屋市宮塚町のアパートが全壊し、亡くなった。東遊園地の銘板は市外の犠牲者の名前も刻むことができ、神戸で青春時代を送り、神戸が大好きだった真輔さんの名前もある。

 銘板の前では「真に会える、という気持ち。『来たよ』って」と弥生さん。

 毎年、17日前夜から東遊園地を訪れてきた。銘板がある瞑想(めいそう)空間を何度も訪れたり、ほかの遺族と交流したりし、午前5時46分は竹灯籠の前に立つ。

 ろうそくの明かりは特別だ。「真が一番近くにいる感じがする。一緒にろうそくを見ているような…」。

 17日を東遊園地で過ごすのは「当たり前だった」が、今年は高齢による重症化リスクなどを考え、控えることにした。自宅でテレビ中継を見ながら過ごすつもりだ。優しい真輔さんはきっと「分かってくれてる」と思うから。

【特集ページ】阪神・淡路大震災

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