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母・節子さんの名前を指す大橋馨さん=17日午前10時39分、宝塚市小林
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母・節子さんの名前を指す大橋馨さん=17日午前10時39分、宝塚市小林
大橋節子さん
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大橋節子さん

 兵庫県宝塚市小林のゆずり葉緑地に昨年設置された阪神・淡路大震災の「追悼の碑」。今年新たに、大橋馨さん(87)=伊丹市=が、母、節子さん=当時(85)=の名を刻んだ。戦争で父親を亡くし、働きながら弟や妹を支えた馨さんに、母はいつも寄り添ってくれた。「ここに来ればいつでもおふくろに会える」。馨さんは穏やかな表情で語った。

 馨さんは5人きょうだいの長男。終戦間際の1945年8月2日、米軍機の機銃掃射で父を亡くした。まだ小学生の馨さんに、節子さんは言った。「お前が頼り。しんどくても我慢して父親代わりになってくれ」

 その後、家族は節子さんの実家がある鳥取へ。農作業を手伝って家計を支える母を助け、馨さんも14歳で大工に弟子入りした。「早く一人前になって一銭でも多く渡さないかん」。25歳で単身大阪へ。約10年後、母と弟を呼び寄せ、宝塚市で独立した。

 工務店を必死に切り盛りして25年ほど。震災時は仕事先で仮眠中だった。駆けつけた自宅は全壊していたが、家族は無事だった。だが、節子さんはその日からしきりに「胸が痛い」と訴えた。9日後、居間で意識を失い、亡くなった。心臓圧迫死と診断された。

 商売が振るわない時も馨さんの背中を温かく押してくれた母。「辛抱せぇ。いつか良いことがある」。その言葉を胸に仕事に励み、工務店は約10年前、次男に引き継いだ。

 妻は2年前に他界。今は1人で暮らす。17日午前、名前が刻まれた碑を訪れ「いつか孫も連れてきたい」と馨さん。「皆が健康で、病気せんように見守っといてな」と心の中で声を掛けた。(風斗雅博)

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