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語り部活動に取り組む川崎杏樹さん=岩手県釜石市鵜住居町4、いのちをつなぐ未来館
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語り部活動に取り組む川崎杏樹さん=岩手県釜石市鵜住居町4、いのちをつなぐ未来館
背後に迫る津波から走って逃げる釜石東中の生徒たち=2011年3月11日、岩手県釜石市(浦山文男氏提供)
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背後に迫る津波から走って逃げる釜石東中の生徒たち=2011年3月11日、岩手県釜石市(浦山文男氏提供)

 東日本大震災による津波で壊滅的な被害を受けた岩手県釜石市鵜住居(うのすまい)地区。10年前、濁流が背後に迫る中、小学生の手を引いて高台に避難した中学生の一人が、大人になった今、地元から全国に教訓を伝えている。同市の震災伝承施設「いのちをつなぐ未来館」で働く川崎杏樹(あき)さん(24)。新型コロナウイルス禍を受け、オンラインで語り部活動や遠隔授業に取り組み、2020年度は各地の学校や企業などから約40件の利用があった。(中島摩子)

 鵜住居地区では津波で約600人が亡くなった。住民が避難した「鵜住居地区防災センター」では推計で160人以上が犠牲になったとされる。

 一方、川崎さんが通っていた市立釜石東中の校舎は3階まで水に漬かった。当時、同中と、隣の市立鵜住居小には約600人がいたが、生徒・児童らは高台などに避難して無事だった。

 その行動は「釜石の奇跡」と評され全国に知られたが、地元の人たちは「釜石の出来事」と呼ぶ。川崎さんもそうだ。「奇跡と言われるのは違和感があった」

 あの日-。学校の体育館にいた川崎さんは、立っていられないほどの揺れに襲われた。長い横揺れに「津波が来る」と確信した。生徒たちは一斉に高台に向かったが、到着した一時避難所で崖崩れがあり、小学生らとさらに上を目指した。

 途中、ゴーという大きい音がして振り返った。「黒い壁みたいな波が押し寄せ、生活しているまちが海になった」。ぼうぜんとした直後、「死ぬかもしれない」と恐怖がこみ上げ、前だけ向いて必死に走った。

 「防災教育を教わっていたから逃げられた。特別なことではない」と川崎さん。周囲では多くの人が犠牲になっており、奇跡という言葉が一人歩きすることへの抵抗感も地元にはある。

     ◇

 震災前から釜石市では防災教育に力を入れ、子どもたちに「想定にとらわれるな」「率先避難者たれ」などの避難原則を説いてきた。釜石東中では教員が津波と同程度の時速36キロで車を運転し、その速さを実感させる授業もあった。「防災教育のおかげ」と川崎さん。だからこそ「自分たちが伝えていかないと」と昨春、未来館を職場に選んだ。

 コロナ禍で臨時休館となったが、オンラインで活動を継続。録画ではなく中継で語り部や授業、館内ガイドなどをする。授業は大阪府や愛知、大分県の学校が利用し、語り部には企業や大学の申し込みもあった。

 震災10年を前に、みんなに知ってもらいたいことは-。川崎さんは言う。「災害は本当に起きる。そして、命は守ることができる」

 オンライン語り部は30分3千円から。遠隔授業は1回5千円。未来館TEL0193・27・5666

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