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顧客の思い出が詰まった額装を手掛ける末積隆夫さん=神戸市中央区三宮町3、末積製額
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顧客の思い出が詰まった額装を手掛ける末積隆夫さん=神戸市中央区三宮町3、末積製額
1943年、戦災から逃れるために開設された丹波・石生の工場(末積製額提供)
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1943年、戦災から逃れるために開設された丹波・石生の工場(末積製額提供)
神戸新聞NEXT
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 神戸・元町の額縁販売店「末積(すえづみ)製額」が今年4月、創業100年を迎えた。神戸空襲や阪神・淡路大震災のほか、安価な海外製の普及に伴う自社工場の閉鎖という危機を、額縁の可能性を信じて乗り越えてきた。3代目の末積隆夫さん(74)は「絵画だけでなく、身近な思い出を飾ることができる額縁の魅力を、これからも発信していきたい」と話す。(小川 晶)

 1921(大正10)年4月、親族の会社で額縁製造の腕を磨いた隆夫さんの祖父甚之助さんがトアロード沿いで創業した。戦後の区画整理を経て、56年に現在地へ移転。額縁のほか、画材や絵画の販売なども手掛けている。

 最盛期は、隆夫さんの父、良之助さんが2代目を継いだ60年代。戦時中の空襲によって兵庫県丹波市の石生(いそう)に開設した製造工場では約60人の社員を抱え、西日本を中心に250店余りに自社製品を卸していた。

 85年、隆夫さんが3代目の社長に就任する。バブル期には、高額な絵画との組み合わせで売り上げが伸びた。95年の阪神・淡路大震災で店が半壊したが、約3カ月後に再開。ただ、この頃から美術品市場の縮小とともに、安価な東南アジア製の額縁が出回るようになり、採算が取れなくなった石生の製造工場を2008年に閉鎖した。

 一方で、時代の変化が、額縁の可能性を広げた。隆夫さんは「ステータスとしての高額な絵画よりも、趣味や思い出の品を自宅に飾る人が増えてきた」と説明。家具のコンパクト化が進み、壁が空いて活用できるようになったことも大きかったという。

 野球やサッカーのユニホーム、ゴルフクラブ、スプーンのコレクション…。絵画にとどまらず、思い思いの一品を飾るための一点物の注文が入るようになった。がんになった女性が、「闘病中の見舞いとして受け取った千羽鶴を飾りたい」と相談に訪れたこともあった。

 2年ほど前には、さまざまな作品に合った額縁選びの助けとなればと、接客担当の「額縁コンシェルジュ」を4人配置。写真共有アプリ「インスタグラム」を使い、顧客の個性があふれる額装の発信も始めた。

 絵画の脇役から、思い出の引き立て役へ-。1世紀に及ぶ歴史をへて、商品の位置付けが変わりつつある中で、隆夫さんが力を込める。

 「人が物に思いを託し、大切な記憶のよりどころとする限り、額縁は必要とされ続けると思う」

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