湊かなえさん著「残照の頂 続・山女日記」 一歩前に踏み出す再生の物語
2022/01/01 10:22
「残照の頂 続・山女日記」
コロナが確認されて2年。先行きもいまだ不透明で私たちの気持ちも揺れ続ける。そんな中、山をテーマにした人気作の続編を出した。外に出にくく、人と交流しにくい時期だっただけに「残照の頂(いただき)」というタイトルが心に響く。
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「自分の足元、今いる場所、身近なものの価値を再発見する。そこから最善の方法や、今後を考える。そんな時間でした。山登りにしてもそう。『より遠くより高く』から、近くの山を再発見することになりました」。兵庫県洲本市の行きつけのコーヒー店。好きな一杯を手に、作品に込めた思いを生き生きと話す。
登山の魅力を知ったのは同県西宮市の武庫川女子大時代。4年生のとき新潟県の妙高山と火打山に初めて登った。「山頂でごちそうになったインスタントコーヒーがおいしくて山にはまりました」
登山の趣味は結婚、出産で中断したが、小説家になり、煮詰まったとき、「取材なら山に行かせてもらえるかと出版社に尋ねてみたんです」。北アルプス白馬岳などに登り、その体験を基に2014年、「山女日記」を出版した。
幅広い層に支持され、ベストセラーになり、NHKでドラマ化された。その続編制作が決まり、原作の執筆依頼がきた。書き始めているうちにコロナ禍になった。山小屋が休業し、山が閉鎖される中、「どう書けばいいのか分からなくなった」という。そんな中、高峰を見つめるのではなく、日帰りできる、いい山があると発想を転換。滋賀県の武奈ケ岳(ぶながだけ)で実際に歩いた道を思い描き、そこから書き進んでいった。
本作は連作小説で四つの物語で構成される。亡き夫に対し後悔を抱く女性、失踪した仲間への思いを秘める音大生、コロナ禍、30年ぶりの登山を報告し合うかつての山仲間…。割り切れない思いを抱えた女性たちは山で一歩前に踏み出す。いずれも心温まるラストが待つ再生の物語だ。
〈通過したつらい日々は、つらかったと認めればいい。大変だったと口に出せばいい。そして、そこを乗り越えた自分を素直にねぎらえばいい。そこから、次の目的地を探せばいい〉。コロナ時代の私たちへのエールのようだ。
タイトルについては「夕方、山頂近くに着くと、夕焼けに照らされ雲海が見えたり、歩いた道を振り返って達成感があったり。実体験から付けました」。
「山は楽しい。そこで自分と対話してみようよっていう話にしました。この本で行ってみたい人の後押しができれば。コロナ禍で外出しにくいからこそ小説を読んで思いを重ねてもらったらいい」
山好きだが、人生の大半は島暮らし。出身は広島県の因島。今暮らすのは兵庫県の淡路島。島に本拠を置き、子育てしながら精力的に執筆してきた。「告白」「望郷」「贖罪(しょくざい)」「ブロードキャスト」…。次々と話題作を生み出してきた。
2022年は新刊の執筆を休む充電期間にするという。「インプットの年。語学の勉強やロッククライミングに挑戦したい。自分から何が出てくるのか楽しみ。読者にも、こういう引き出しがあったんだと思ってもらえる作品が書けたらいいな」(網 麻子)
(「残照の頂 続・山女日記」は幻冬舎・1650円)
【みなと・かなえ】1973年、広島県生まれ。武庫川女子大卒。デビュー作「告白」はベストセラーとなり、2009年本屋大賞。12年「望郷、海の星」で第65回日本推理作家協会賞(短編部門)。18年「贖罪」がエドガー賞にノミネート。淡路島在住。