母はどこへ 悦子さんの27年<識者インタビュー>龍谷大学短期大学部 黒川雅代子教授に聞く

2022/01/17 10:00

(撮影・坂井萌香) くろかわ・かよこ 1965年大阪市生まれ。看護師として大阪府立千里救命救急センター(現・済生会千里病院)などでの勤務を経て、2017年から現職。「関西遺族会ネットワーク」の代表を務める。

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 連載「母はどこへ」では、阪神・淡路大震災で母親が行方不明になったままの佐藤悦子さん(58)の苦悩を伝えてきた。母の遺体も遺骨も見つからず、解決しない悲しみにどう向き合えばいいのか。苦しみの中で、佐藤さんが出合ったのが「あいまいな喪失」という概念だ。米国で唱えられ、日本では津波で多くの人が行方不明となった東日本大震災で注目されるようになった。どのような考え方なのか、現場で心理ケアに取り組む龍谷大学短期大学部の黒川雅代子教授(社会福祉学)に聞いた。(論説委員・小林由佳)

 -「あいまいな喪失」はどのようにして生まれたのですか。
 「米ミネソタ大学のポーリン・ボス名誉教授が、ベトナム戦争で行方不明になった兵士の家族に心理療法を手掛ける中で、理論化したものです。肉親が見つからず、もやもやした気持ちを抱えながらも、その人が本来持つ心の回復力を高め、より良く生きることを支援するのが目的です」
 「あいまいな喪失は二つのタイプに分けられます。一つは『さよならのない別れ』。阪神・淡路で母親が行方不明になった佐藤悦子さんのように、現実には(母は)いないが、心の中に存在する状態をいう。もう一つは『別れのないさよなら』。災害で変わり果てた故郷になじめないなど、そのものはあるのに失われたように感じる状態を指します」
 -死別による喪失感とは違うのでしょうか。
 「家族が行方不明の場合、死が不確実なため、悲嘆の反応がより複雑になると言われます。東日本の被災地でも、生きているかもしれない人の葬儀や墓の建立に罪悪感を持つ人や、遺体や遺骨を見つけられないことに対して自分を責める人がいました」
 -もし、自分があいまいな喪失を抱えたらどうすればいいのでしょう。
 「誰でも説明がつかない気持ちを抱え続けるのはつらいものです。そんなときに、苦しい状況を『これはあいまいな喪失なんだ』と位置づけ、客観視してみる。言い換えれば、いったん棚上げするのです。前に進めない自分や周囲の人たちを、どうか責めないでほしい」
 「私たちはつい、『AかBか』と選択して物事を解決したくなる。しかし、決着をつけずに『AでもありBでもある』と考えることが大事。例えば、行方不明の家族を忘れないでいることと、自分の人生を豊かなものにすることは両立できる。それは死別の遺族も同じで、長い年月を経ても消えない悲しみを抱える人がいます。巡り来る『1・17』は、犠牲者に加え、そういう人たちにも思いを寄せる日にしたい」
【連載】
(上)遺体も遺骨も見つからず
(中)「会えなかった」姉と悔し涙
(下)今も心にいるのに…

【特集ページ】阪神・淡路大震災

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