「必要なものは全部、東洋大姫路で学んだ」 伝説の元甲子園球児・アンが語る「今年の春は特別」

2022/03/06 20:05

夜はバーテンダーとして働くグエン・トラン・フォク・アンさん。常連客と談笑する=川崎市内

 兵庫県西宮市の甲子園球場で18日に開幕する第94回選抜高校野球大会に、14年ぶりに出場する地元兵庫の東洋大姫路。19年前の春、主将・エースとしてチームを最高成績の4強へと押し上げ、世間を沸かせた左腕がいた。グエン・トラン・フォク・アンさん(36)=川崎市。ベトナム難民2世としても注目を集めた「時の人」は、「甲子園でも普段通りのプレーを」と後輩たちの躍進を願う。 関連ニュース ソフトバンク退団、ヤクルトで現役、軟式球でプレー 元球児たちの今 高校界屈指の左腕、駅員に ソフトバンクや社会人野球経て 元アナウンサー清水次郎さん 45歳で教師に転身、野球部顧問に

■ベトナム難民2世として
 「いらっしゃい」。川崎市内のバー「クラッシーズ」にアンさんはいた。バーテンダーとして働く今も、きりっと角度のある眉は高校当時と変わらない。「昔はもっと細かったけどね」。そう笑いながら、グラスを手に常連客と談笑する。客の一人が「僕らは『アン太郎』って呼んでる。最初はそんなすごい投手だったなんて知らなくて」と教えてくれた。
 両親はベトナム出身のボートピープル。難民として日本に入国後、アンさんが生まれた。高校時代はその生い立ちも手伝って、一躍注目の的となった。
 1年生だった2001年夏に甲子園デビュー。打者を打ち取り雄たけびを上げ、マウンドで躍動する姿は見る人を魅了した。3年春の選抜大会準々決勝では、41年ぶりとなる引き分け再試合を経験。さらに史上初となる再試合延長戦の末、花咲徳栄(埼玉)を破って4強へと駆け上がった。
■歴史に残る試合「特別じゃなかった」
 あの春、17歳の少年は無我夢中だった。延長十五回、191球を投げ抜いた球史に残るあの熱戦も、翌日の再試合も、甲子園という舞台も、「特別なものじゃなかった」と言い切る。「ただ目の前の試合に勝ちたい、その一心だった」。一方で、何年たっても当時の試合映像がテレビで流れ、知り合いから連絡が届くたび、振り返って思う。「すごい試合をしたんだなと」
 高校卒業後は社会人野球の東芝へ。故障に悩まされ、10年に引退して以降は社業に専念していたが、今年1月末に退社した。2月に一念発起して次の舞台に選んだのが、接客業だった。
 「接客の仕事はいろんな人の話が聞ける。それが楽しい」とアンさん。昼間は川崎市内の飲食店のランチ営業に携わり、夜はバーで4時間の時短営業。新型コロナウイルス禍で、客が一人も訪れない日もあるが、下は向かない。「自分が生きる中で必要なものは全部、東洋大姫路で学んだ」。その一つ「我慢の大切さ」が今に生きている。
■一切、野球から離れたけれど
 野球を辞めてからはテレビ中継も見なければ、草野球もしないという。「一度踏ん切りをつけたのに、やりたくなりそうで怖くて」と心の内を明かす。
 だが今年の春は特別。離任期間を挟んで通算19年にわたって名門を指揮した恩師の藤田明彦監督(65)と、31年チームを支えた三牧一雅部長(65)が、14年ぶりの聖地を最後にそろって退任する。「監督のベンチワークは当時と変わってるかなあ。『東洋』の色がどんな色になっているのか、見るのが楽しみ」。自分を育ててくれた聖地のマウンドを思い起こしながら、テレビで母校の試合を見守るつもりだ。(長江優咲)

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