五輪に続くパラ開催も侵攻止まず ロシアも提案、国連で採択された「五輪休戦」とは何だったのか

2022/03/11 20:10

世界平和を願って近代五輪を創始したクーベルタンの墓。ギリシャのオリンピアに建つ(賀来さん提供)

 「平和の祭典」として、北京オリンピックに続き北京パラリンピックが開かれている中、ロシアによるウクライナ侵攻が続く。近代五輪が受け継いだ世界平和の精神や、ロシアも共同提案して国連総会で採択された休戦決議は何だったのか。40年以上も古代オリンピックの研究を続けている医師賀来正俊さん(70)=神戸市東灘区=に聞いた。 関連ニュース 【写真】五輪の休戦協定の重要性を話す賀来正俊さん 「どうして戦争するの」動揺する子どもにどう接する? ウクライナ侵攻、心のケア専門家が対処法解説 【写真】京都の抗議デモに参加した神戸のウクライナ女性

 -五輪は「平和の祭典」と呼ばれているが、そのルーツは。
 「紀元前776年に始まった『古代オリンピック』にさかのぼる。それ以前のギリシャは『暗黒の時代』と呼ばれ、戦争・天災・疫病・貧困という四大惨事に襲われていた。窮状を打開するために、3カ国の国王が手を取り合い、平和のための祭典を開くことにした。四大惨事の中でも戦争だけは『人の手によって起こされたのだから、人の手によって回避することができる』と考えた」
 -実際に戦争は回避できたのか。具体的内容は。
 「当時のオリンピックは5日間だったが、その前後3カ月間は完全休戦とする協定『エケケイリア』が結ばれた。そしてこの協定は、1169年間の長きにわたって破られなかった。協定を破ると、国が滅びるほどの罰金が科せられることになっており、効果は絶大だったようだ。当時は移動手段が発達していなかったが、オリンピックの開催前には使者が各国を回って休戦するよう熱心に呼び掛けたといわれている」
 -現代のオリンピックにそうした協定はないのか。
 「『オリンピック休戦』(Olympic Truce)がそれだ。1990年代、古代オリンピックに倣って復活した。以来、五輪開催前には、国連総会で休戦決議がなされるのが慣例となっている。今回の北京冬季五輪に関しては、昨年12月に採択され、1月28日から3月20日までの52日間は本来なら休戦期間だ。ロシアも決議の共同提案国に名を連ねている」
 -しかし、ロシアは一方的ともいえる軍事侵攻に踏み切った。
 「古代のように罰則も法的拘束力もないため、完全になめているのだろう。今回が初めてではなく、2008年(北京五輪)はロシアとグルジア(現在のジョージア)が軍事衝突しているし、14年(ソチ冬季五輪)は自国開催にも関わらず、クリミア半島の実効支配に踏み切った」
 -古代と近代では五輪の意味合いが変わってきている。
 「本来は同じはず。『近代オリンピックの父』といわれるクーベルタンは、世界平和の精神を受け継いで1896年の第1回開催にこぎ着けた。ただ、休戦協定を理念に盛り込むことは、各国政治家たちの相次ぐ反対で断念した。1990年代になってようやく国連で休戦決議が採択されたものの、ほとんど有名無実化している。残念ながら良心に訴えるのは無理なので、もっと実効性のある決議にしなければいけない」
 -国際オリンピック委員会(IOC)は非難声明を出した。
 「声明を出すだけで、具体的行動は何も起こしていないのが現状だ。IOCの委員は100人以上いるのだから、今こそ団結して立ち上がり、仲裁に入るなど休戦に向けて動くべきではないのか。五輪から平和の冠を外してしまえば、一般的に行われている国際競技大会と何ら変わりがないのではと考える」(聞き手・安福直剛)
【かく・まさとし】1951年生まれ。川崎医科大学卒業。神戸大学医学部総合内科臨床教授などを歴任。30歳のころから古代五輪の研究を続け、ギリシャのオリンピアを何度も訪問。著書に「古代オリンピックの真意と全貌」がある。日本オリンピック・アカデミー正会員。

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