58カ国で撮影した驚きの光景 想像を超えた「奇界」を巡る 西宮で佐藤健寿展
2022/04/08 15:05
マトリョーシカ型のホテルを撮った写真などの展示空間=西宮市大谷記念美術館
「奇」とは「独創性が高く、ユニークということ」と語る。好奇心から120カ国以上で撮影した写真家による「佐藤健寿(けんじ)展 奇界/世界」が、西宮市大谷記念美術館(兵庫県西宮市中浜町)で開かれている。多様な文化や自然、建物まで、驚きの光景を届けてきた。しかし、現地では日常の姿だ。佐藤さんは「『奇妙』と『普通』の境界を揺さぶれたらうれしい」と思いを託す。見方を変えれば、世界の可能性は無尽蔵に広がる。(小林伸哉)
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「子どものころから気になっていた場所に片っ端から行ってみよう」。20代でのアメリカ留学を機に、佐藤さんの冒険が始まった。1978年生まれで、怪奇的で不思議な事物に関心を抱いて育った。アメリカで未確認飛行物体(UFO)の目撃証言やうわさがあった地を巡って、「雪男の伝説を聞きたい」とヒマラヤの山にも登った。
2010年に出版した写真集「奇界遺産」がヒットして注目を浴びた。撮影地について「写真家はビジュアル的にきれいかを考えるけど、自分は歴史に興味を持って調べるうち、遭遇することが多い」という。
意外にも、美術館での個展は初めてだ。本展のために写真210点をプリントした。「奇界」「世界」など4部構成で、出品作の撮影地は58カ国を数える。佐藤さんのインタビュー映像を上映し、儀礼用の仮面など国立民族学博物館の所蔵資料も飾って撮影地の文化を伝える。
◇
じっと見ている。会期初日の展示室は、観客が未知の世界に触れ、一枚一枚に食らいつくような熱気を帯びていた。最大B1サイズの写真で、細部までくっきり確認できる。
「奇界」の展示は、中国貴州省で村ごと約80人が住む洞窟の写真から始まる。スペインで崖の下に造られた町。ペルーの砂漠にあるオアシス。氷点下40度以下になるロシア北部で、トナカイの生肉を食べる遊牧民。それぞれの暮らしが理にかなっている、と伝わる。
アフリカのトーゴで、呪術師に売るため、獣の死骸を山積みにした市場の写真は強烈な印象を残す。隣では、動物の角や頭蓋骨を奉納し、山の神を祭る大分県の白鹿権現も紹介する。佐藤さんは、海外だけでなく日本の習俗も伝え、奇妙かどうかは「常に見る側の問題である」と図録に記す。
各地の特色ある葬送儀礼からは「死」が見えて、表裏一体の「生」を考えざるを得ない。神戸市灘区の摩耶山中で「廃虚の女王」と称される旧摩耶観光ホテルの美も見せる。チェルノブイリ原発事故の傷痕から、高さ72メートルのマトリョーシカ型ホテルといった巨大建造物、多い日に千回以上落雷がある湖など悠大な自然まで網羅する。
一方、昨年出した写真集「世界」からの展示では、約20年間の旅の過程で撮った「妙に記憶に残っている光景」を掲げている。
俯瞰(ふかん)する構図も引きつける。人工衛星のデータを生かした写真集「SATELLITE(サテライト)」の作品はパネルで展示する。例えば、エジプトのピラミッドは広大な砂漠にある、との思い込みを打ち砕く。住宅街まで約1キロの近さが一目瞭然だ。
本展向けに撮り下ろした写真は、西宮や神戸の海岸部などをヘリコプターから空撮した。船や貨物コンテナ、太陽光発電パネルなどが整然と並んで、地元の風景が新鮮な姿に見える。
見る者を広い世界に連れ出し、問いかける展覧会だ。狭い見方にとらわれていないか、と。まだ見ぬ先に想像を超えて、多様な姿がある。目を見開けば、世界は常に新しいはずだ。そんな希望を呼び起こす。
6月5日まで。水曜休館(ただし5月4日は開館)。一般1200円ほか。西宮市大谷記念美術館TEL0798・33・0164