「ぶつかった後も親しく」憎めぬ人柄、政治に情熱 石井一氏死去、ダッカ事件では「命を懸ける覚悟」

2022/06/06 22:00

著書を手にいまの政治を語る石井一氏=2020年3月、神戸市内

 元国家公安委員長兼自治相で民主党副代表を務めた石井一氏が4日に死去した。「情熱的な政治家だった」「憎めず、他党の人からも好かれていた」。突然の訃報に、ゆかりの人たちからは驚きと悼む声が相次いだ。 関連ニュース 石井一・元自治相が死去 87歳 旧民主党副代表、政権交代に貢献 【写真】西宮市長選で石井登志郎氏の応援演説に立った泉房穂・明石市長と話す石井一氏 【動画】二大政党の夢、追い続ける 元参院議員・石井一氏

 末松信介文部科学相(自民、参院兵庫選挙区)は、兵庫県議を務めた父の代から親交があり「小学生の時に会ったのが最初」と振り返る。1993年の衆院選では議席を争ったが「選挙でぶつかった後も親しい付き合いが続いた。憎めない人柄で、他党の人からも好かれていた」という。
 一方、「鳥取と島根は日本のチベット」、北朝鮮による拉致被害者について「既に死亡している」などと話し、歯に衣着せぬ発言が物議を醸したこともあった。
 石井氏は77年、日本赤軍によるダッカのハイジャック事件で、政府派遣団長として人質になることを申し出た。「政治家にはここまでの覚悟が必要なんだ、と感銘を受けた」と水岡俊一参院議員(立民、比例)。ジャズ音楽に親しむ一面もあり、「破天荒で勇気があって潔い。いろんな顔を持つリーダーだった」と別れを惜しんだ。
 市村浩一郎衆院議員(維新、兵庫6区)もダッカ事件に触れ「人のために命を懸ける政治家。大好きで尊敬していた。風呂で背中を流させてもらったのが、忘れられない」。元公明党兵庫県本部代表の赤松正雄さん(76)も「自民党にいたときから、改革派の人物だった。政治家としての後ろ姿に大きな影響を受けた」と回想した。
 かつて石井氏が「盟友」と慕った小沢一郎衆院議員(立民、比例東北)はツイッターを更新。「とてつもなくエネルギッシュで、決断してどんどん前へ前へと突き進んでいく情熱的な政治家。いつでも日本の将来を見据え、この国の政治はどうあるべきかを真剣に考えていた」とたたえた。
 6月初旬、東京都内の石井氏の自宅で一緒に食事をしたという神戸市会の横畑和幸議員は「よく食べて、よく飲んだ。いつもと変わらず元気だったのに」と肩を落とした。月に一度は上京し、指南を仰いでいたといい「野党がばらばらなのを嘆いていた。最後まで政治家だった」と話した。
 兵庫県の斎藤元彦知事は「幾多の難局を果敢に乗り越えてこられた石井先生には、その豊かなご経験、ご見識を生かし、これからもふるさとのため、お力添えをいただきたかっただけに、残念でならない」との談話を発表。「昭和から平成、令和と、時代を超えてわが国、そして兵庫のために尽くされた」としのんだ。
 前兵庫県知事で、ひょうご震災記念21世紀研究機構の井戸敏三特別顧問は「突然で驚いている」とコメント。石井氏が自治相の頃、自身も当時の自治省で総務課長をしており「大変忙しく、昼食を抜いて国会質疑や会議を乗り切ってもらった。語学力もあり、実力派の大臣だった」と話した。
 長男の石井登志郎・西宮市長は「父であり、政治の師だった。こわもてで身勝手な印象があったが、心の優しい人でした」との談話を発表。「ワシの葬式は明るくやってくれよ」。生前そう話していたといい、「思い残すこともない人生だったと思う。その通りに送り出したい」と締めくくった。(まとめ・三島大一郎)

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