難解すぎる?名著「人生論ノート」の魅力探る たつの出身、哲学者・三木清のベストセラー

2022/07/21 11:55

三木清(霞城館提供)

 兵庫県たつの市出身の哲学者・三木清(1897~1945年)が1941年に出版した「人生論ノート」は累計200万部を超え、80年以上読み継がれているベストセラーだ。市立霞城館では6月、この本をテーマにした三木清研究会のシンポジウムがあった。企画した宮島光志・富山大教授が「何となく分かったようで、十分には分からない」と評する名著の魅力の一端を紹介する。(直江 純) 関連ニュース バンカー“半沢直樹”のあのセリフ…実は社の先人の言葉なんです 「あんな言葉、なかなか出てこないよ」 記者もうなった“走る詩人”田中希実語録 人気本次々と…重版率63%の出版社 「ネタは地方にこそ」創立5周年のライツ


あえて難解な文体駆使?/「幸福論」からの剽窃疑惑も?
 人生論ノートは一般向けの哲学エッセーとして書かれ、38年から雑誌「文学界」に連載された。著作権が切れてインターネット上で無料で読めるが「難しくて読み進められない」という人は、記者を含めて多いのではないだろうか。
 「幸福について」「死について」「人間の条件について」など23題が、180ページ足らずの文庫本に収められている。「生命とは虚無を掻(か)き集める力である」といった表現は、使われている単語は平易でも、分かりやすいとは言いがたい。
 一般向けには、哲学者の岸見一郎さんによる解説本が手に入りやすい。たつの市でも2018年に講演した岸見さんは「発禁処分を免れるため、三木があえて難解な文体を駆使した」との見方を示している。
 しかし、宮島教授はシンポジウムで「人生論ノートは明晰(めいせき)な名文」と逆の意見を述べた。戦後、国語教材や入試問題として重宝されたのがその証拠だという。三木自身も「哲学はやさしくできないか」と題した文章で「大哲学者の著作は多くの亜流の書いたものより本質においてわかり易い」と説いている。
 宮島教授は「人生論ノートの中にアランの『幸福論』(1925年)からの剽窃(ひょうせつ)疑惑がある」との刺激的な自説も紹介した。他の著書では丁寧に出典を明示する三木にしては不自然といい「単行本化にあたって編集者が書き足した可能性がある」と推測した。
 シンポではこのほか、ちくま学芸文庫「近代日本思想選 三木清」を編集した森一郎・東北大教授が講演。龍野高校出身の玉田龍太朗さん(滝川第二中高教諭)は、文中に登場する単語をコンピューターで分析する手法を披露した。
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■私のお気に入りの一節

 人生論ノートのファンは、地元・龍野の城下町にも少なくない。記者行きつけのカフェ店主たちと、イチオシの章を語り合った。

 「秩序について」の一節「秩序は生命あらしめる原理である。そこにはつねに温かさがなければならぬ。人は温かさによって生命の秩序を感知する」

 「菓子と珈琲 朔(さく)」(龍野町川原町)の吉田元幸さん(61)
 「温かさ」とは優しさや思いやり、愛情、慈しみなど美しい人間の感情だと思いますが、あえて肌感覚のある「温かさ」を使った三木に人間愛の深さを感じます。他人とのかかわりが薄れている今こそ大事にしたい言葉です。

 「旅について」の一節「旅の漂泊(ひょうはく)であることを身にしみて感じるのは、車に乗って動いている時ではなく、むしろ宿に落ち着いた時である」

 「ガレリア アーツ&ティー」(龍野町富永)の井上美佳さん(63)
 先日、近所の古民家ホテルに泊まってみました。何度も見学した部屋でも「旅人」として味わう城下町の夜の静けさは格別でした。私たちのカフェも含め、城下町全体が宿のように落ち着ける空間でありたいですね。

 「娯楽について」の一節「生活の技術は生活の芸術でなければならぬ」

 「カフェギャラリー結(ゆい)」(龍野町下川原)の岡本智子さん(38)
 みそを自分で作ったり、日曜大工などのDIYをしたりと「暮らすこと自体」に喜びを見いだす人が増えています。この一節は不思議と古臭く感じません。「娯楽というものは生活を楽しむことを知らなくなった人間がその代わりに考え出したものである」という部分も好きです。


 「懐疑について」の一節「不確実なものが確実なものの基礎である」

 昨年閉店したバー「ふるさと」(龍野町立町)の店長だった宰井琢騰(さいたくま)さん(36)
 この世の中は、何かの定理から成り立ってはいない。定型ではなく「これだけは言える」という定理を抽出し、それが順序なのだと理解しました。「どうなるかわからないグニャグニャ」がこの世界のベースだとしたらワクワクしませんか。今の時代に一層強く実感できる言葉です。

 「死について」の一節「死の恐怖はいかにして薄らいでいったか。自分の親しかった者と死別することが次第に多くなったためである」

 たつの支局長の記者(44)
 死者に会えた生者はいないが、死後には会える可能性がゼロではない。そう考えると、死の恐怖が薄らいだ-と説く三木の、死別した妻に対する深い愛が感じられます。「初老」を「精神の老熟」と肯定的に捉える姿勢にも憧れます。

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