江戸の海運改革者、工楽松右衛門に光 新田次郎賞の玉岡かおるさん「開拓精神伝えたかった」
2022/07/24 11:00
「コロナ禍の中、すごく頑張った作品。文学の神様が見ていてくださったのかな」と玉岡かおるさん=大阪市内(撮影・吉田敦史)
「帆神(ほしん) 北前船を馳(は)せた男・工楽松右衛門(くらくまつえもん)」で第41回新田次郎文学賞(新田次郎記念会主催)を受けた作家玉岡かおるさん(65)=兵庫県三木市出身、同県加古川市在=があらためて心境を語った。玉岡さんは「しばらく賞に縁がなかったので驚いた。これまで支えてくれた編集者や読者に感謝しています」と喜んでいた。(網 麻子)
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同賞はノンフィクション文学や、自然界(山岳、海洋、動植物等)を題材とする作品が対象。受賞者には、沢木耕太郎さん、宮城谷昌光さん、原田マハさんらがいる。
江戸中期、播州(ばんしゅう)高砂の漁師の家に生まれた松右衛門が、兵庫津の船乗りから海商となり、画期的な「松(まつ)右衛(え)門帆(もんほ)」を完成させ、江戸の海運に一大革命をもたらす姿を描く。昨年夏に出版された。
選考委員の諸田玲子さんは「成功譚(たん)ではあるけれど、叶(かな)わぬ恋、挫折、郷愁、反骨……様々(さまざま)な思いがきめ細かく書き込まれ(中略)最後まで読者の関心をひきつけて離さない」「自然や時代背景、町や湊(みなと)など地域の暮らしの活写が見事」(「小説新潮」6月号)と高く評価している。
玉岡さんはこれまで女性を主人公とした歴史ロマンを多く発表してきたが、初めての「男の物語」、また初の海洋歴史小説で、「最初は渋々だった」が、次第に松右衛門の魅力にはまった。
厚手の木綿の織布を使い、丈夫な松右衛門帆は、船の性能を飛躍的に高め、全国に広がった。さらに港湾の施設の改良などでも大きな功績を残す。
「日本人のものづくりのすごさ、開拓精神を伝えたい。埋もれさせてはいけないという一念で書き進めた」
功績により名字帯刀を許された松右衛門。「活躍には、海商・北風家などのバックアップもあった」と玉岡さん。「兵庫津は、海から流れてくるものを選ばず受け入れる寛容さがあり、人が知恵と才覚で頑張れば、侍にもなれる。淡路生まれの高田屋嘉兵衛(かへえ)も兵庫津から活躍し、名字帯刀を許された。神戸は夢をかなえるまちだった。その点にも関心を持ってもらえれば」と望む。
執筆のきっかけは、高砂市観光交流ビューローからの依頼だった。同市の旧高砂町にある「工楽松右衛門旧宅」は一般公開されているが、松右衛門を通じ、地域活性化につなげたいという。玉岡さんはかつて同町に住んでおり、「高砂の人たちがものすごく受賞を喜んでくれて」。その高砂市からは7月、文化芸能面に功績があった人をたたえる「美濃部賞」を受けた。
今後について玉岡さんは、受賞をばねに「老後の楽しみにと思っていたものを、これから3年ぐらいでどんどん書いていきたい」と意欲を語った。
「帆神 北前船を馳せた男・工楽松右衛門」は新潮社・2200円。