〈家裁調査官が行く〉(6)成長 初めて被害者のことを考えた
2022/07/27 09:45
非行内容に関するファイルとノートを手に、家裁調査官は少年との面接に臨む
息抜きのつもりだった。働いて買った車。深夜のドライブは気分が良いはずだと思った。同乗する後輩の友達は年齢を言わなかったけど、中学生なのはうすうす感づいていた。
家裁の面接室。40代の男性調査官フジムラの前にいる大柄なハルト(19)は、深夜に中学生を連れ回したとして青少年愛護条例違反容疑で捜査され、家裁調査官の元に来た。
「また調子に乗ってしまった」。ハルトは落ち込んだ様子で言った。当然だ。2年前の非行で少年院を仮退院中なのだから。再非行の場合、審判で言い渡される処遇は少年院送致が相場。覚悟しているのだろう。
前回は傷害事件だった。暴力を容認する家庭で育ったハルトは、腕っ節の強さが自慢だった。ある日、絡んできた先輩に暴力をふるい、重傷を負わせた。友達に頼られて、いいところを見せようとした。結果、少年院で1年近く過ごした。
当時のハルトの調査記録には「相手が悪い」と開き直ったとある。だが、今回は曲がりなりにも後悔の言葉を口にした。かつての悪い交友関係を絶ち、働きながら被害者への弁済も続けている。少年院での教育の効果なのだろう。
「もう少し彼の行動を見てから判断したい」。ハルトの変化を感じ取ったフジムラは、試験観察を行うよう裁判官に意見した。
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試験観察では、調査官の助言や指導を受けて一定期間、社会で過ごした上で少年審判を開くかを決める。
フジムラは委託先の障害者施設にハルトを連れて行った。まっとうに評価される経験をしてもらうのが狙いだった。施設での3日間、「うちで働く?」と言われるほどハルトは真面目に介助に取り組んだ。
フジムラは、ハルトをほめた。少年の素直な言葉を引き出すには、まず努力を認めてあげる必要がある。それから、今回の非行の話題に移った。「誰にどんな迷惑を掛けたんやろか?」
ハルトはとつとつと答えた。「遊び友達の保護者が心配していると気付かなかった。それに先輩の自分が怖くて、ドライブを断れない子もいたかもしれない」。初めて被害者のことを考えた瞬間だった。
調査開始から約4カ月。フジムラは彼を「打てば響く少年」と判断した。
審判で、ハルトは少年院ではなく、社会で保護司らの支援を受け更生を目指すと決まった。更生できた少年と調査官は、二度と会わない。ハルトもきっとそうなるとフジムラは信じている。=文中仮名=
(那谷享平)