「飛んだのバレた?」海渡り夜逃げ、駆け込んだのはかつての「敵」 ヤクザがカタギに戻るまで
2022/07/30 20:00
約20年間、四国で暴力団に所属していた男性=2022年5月、兵庫県内
最低限の衣装と生活用品を車に放り込み、徳島から鳴門海峡を渡る。淡路島で目に付いた警察署に駆け込み、かつての「敵」に助けを求めた。焦りでほとんど記憶はない。それでも決死の夜逃げが、自らの運命を変えたことは分かった。昨年春、一人の暴力団組員が足を洗い、「カタギ」の世界で生きる決意をした。
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■憧れと、締め付けと
「最初はそんなつもり、なかったんですよ」
四国で生まれ育った男性(40)は中学を出た16~17歳のころ、遊び仲間に誘われて暴力団の幹部と付き合うようになった。幹部は、派手なスーツを着て高級車を乗り回し、街を歩けば周囲が頭を下げ、女性たちが寄ってくる。大人から見捨てられた自分たちの面倒を見てくれる。いつしか憧れをもった。
「かっこよく見えたんでしょう。自分も『ええかっこしたい』『お金もうけしたい』と思って」
そんな夢を抱いて組の事務所で親分と杯を交わしたが、足を踏み入れた世界は想像と違った。建築現場への作業員の手配や金貸しなど法に触れる仕事をやらされ、少ない実入りから組織に支払う数万円の「上納金」を捻出した。
金に余裕があれば、後輩や女性ら取り巻きが食事についてきた。なじみのラウンジやスナックは一番奥に席を用意してくれた。
しかし、自身が暴力団に入る前に施行された暴力団対策法(1992年)、2011年までに全国へ広がった暴力団排除条例で、状況は一変する。行きつけの飲食店に「いま厳しくなってるから」「きょうはいっぱいやねん」と入店を断られることが増えた。
資金を得る「シノギ」の環境は厳しくなり、手元の金が尽きるたびに「やめよう」と思った。でも、まとまった金が入ると簡単に揺らいだ。「罪悪感はあったけど、金がないと人が離れるんですよね。自分、寂しがりやなんで。それが怖くて」。そのために恐喝をやり、何度か逮捕された。
気付けば40歳が近づく。少年時代に描いた「ヤクザ」とかけ離れた自身の姿。「このままじゃ、いかん」と不安が押し寄せた。
■逃避行。警察へ
2021年春。組の用事を終えて帰宅した夜、ふと「逃げよう」と思った。あしたに延ばせば、また自分に負けて日常に戻ってしまうだろう。衣装ケース一つと生活用品を車に積み込み、慌てて家を出た。
その時、携帯電話が鳴った。組の関係者からだ。「なんで。バレた?」。一気に焦りが増した。
以前に「飛んだ(逃げた)」組員が捕まり、暴行を受けたこともある。出発時にかかってきた組関係者からの電話には出ず、そのまま車を走らせた。
「もし組員と接点のある捜査員がいれば組に漏れるかもしれない」とよからぬ想像が働き、地元の警察は頼れなかった。車のハンドルを握り、鳴門海峡を越えて淡路島に入る。兵庫県の警察なら大丈夫だろうか。
深夜、兵庫県警洲本署に駆け込み、訴えた。「車にGPS(衛星利用測位システム)が付けられてるかもしれない。探してくれ」
突然の来訪者に署員はとまどった。だが、帰宅していた刑事が改めて出勤し、話を聞いてくれた。「今がやめるタイミングやぞ」。力強い言葉だった。
そのまま警察署のベンチで一夜を過ごした。朝、起きると、当直の署員がコンビニでクリームパンを買ってくれていた。「今まで警察官からそういう優しさを受けなかったから、びっくりしました」
署員から、離脱した組員を支援する「暴力団追放兵庫県民センター」(暴追センター、神戸市中央区)を紹介された。
■頭を下げる。戸惑いも
実は会う前から採用を決めていたという。県内で運送会社を営む男性社長(49)はこの元組員を雇った。「運送の経験があるって聞いてたし、あの子らは仕事が見つからんかったらヤクザに逆戻りしてしまうやろ」と温かく迎えた。
一方、元組員の男性は初めての「カタギ」の職場にとまどった。「最初は兄貴分でもない人に頭を下げるのには抵抗があった」。
他人への言葉遣いを知り、手の入れ墨や指を詰めた小指は手袋で隠して働いた。
東北から九州まで、日夜運送トラックのハンドルを握って1年。「まだまだ直すべき部分は多いけど、できることを一生懸命やるしかない」と自戒する。
いくつか良いこともあった。長年、金を貸してもらうだけの関係だった実家の母親と、今は頻繁に電話をする。「いつ逮捕されるか分からない」という不安から解放され、ぐっすり眠れるようにもなった。
少しずつ歩む元組員の背中を、新たな「オヤジ」となった男性社長の言葉が支える。「これまで迷惑を掛けた被害者に謝りに行くわけにもいかない。だから『これから会う人たちに一生懸命返していくんやで』って、言い聞かせています」