乳がんとの闘い 中学教諭、心支えた教え子との交流をエッセーに 「サプライズ」描く続編も

2022/09/18 05:40

今年6月の修学旅行で教え子と笑みを浮かべる渋谷優美さん(左から2人目)=徳島県内(本人提供)

 乳がんから復帰した兵庫県三木市の中学の先生が、教え子とのコミカルで心温まる交流をエッセーにつづり、話題を呼んでいる。過酷な闘病生活や再起への誓いを記した第1弾は昨年末、「神戸新聞文芸」で入選。その後、生徒との再会を果たす「続編」が完成した。先生と生徒の絆のほころびが取りざたされる今、描かれた物語を届けたい。(藤村有希子) 関連ニュース 乳がん闘病 中学教諭のエッセー第1弾〈復帰詐欺〉 「帰るんや」弱気吹き飛ばした生徒の姿 乳がん闘病 中学教諭のエッセー第2弾〈復帰詐欺・その後〉 欲張りな決意胸に薬をひと粒 「今日、話したことは全て、僕の後悔」がんで妻亡くしたアナウンサー清水健さん

 ■休職告げる 生徒ボソっと「さみしくなるやんか…」
 エッセー「復帰詐欺」の筆者は三木市立三木東中学校の体育教諭で、陸上部監督でもある渋谷優美さん(52)。市立緑が丘中で教えていた2005年と07年には駅伝の全国大会出場に導くなど、選手のやる気を高める指導で知られる。
 いつもパワフルな先生に20年夏、乳がんが判明した。悪性度は「3」に達し、闘病生活に入ることに。エッセー第1弾では、担任する1年1組の生徒たちに休職を告げた場面を書いた。
 一番元気者のK君はなかなか帰り支度が進まず、最後の一人となった。サッカー部の練習着で大きな荷物を背負い、教室整備をする私の方を見もせずに、ボソっとつぶやきながら教室を出て行った。「さみしくなるやんか…」。誰もいなくなった教室で、「絶対にここに戻ってこよう」と心に誓った。
 手術をしたが、がんはリンパ節にも転移していた。抗がん剤治療を受け、吐き気と倦怠感でベッドから起き上がれず絶望した。そして毎日の放射線治療。激しい胸の痛みと40度の熱が20日間続き、死を覚悟した。
 ある時、写真が同僚から届いた。
 生徒たちが球技大会で活躍する姿、ドロドロの体操服で表彰される姿、全員笑顔のピースサイン姿だった。瞬間、涙があふれ出てきて嗚咽も止まらなくなった。(中略)「そうや! この笑顔を見るためにこの場へ帰るんや。負けてたまるか!」。涙を拭いて、久々にベッドから起き上がった。
 「すぐ帰る」と生徒たちに約束したのに治療が長引き、戻れない自らのことを「復帰詐欺師」と名付けた。そんな1年2カ月の闘病生活を経て、学校への復帰が決まった。
 「成長した生徒たちに言いたい言葉は『ただいま!』だ。復帰詐欺をしてきた懲罰として、今まで以上の愛情を生徒たちに注ぐことを誓いながら、笑顔で言うと決めている」
 ■やっと言えた「ただいま!」笑顔と決めていたのに
 学校に戻った時の逸話をしたためたのが、続編「復帰詐欺・その後」だ。こちらも神戸新聞文芸に投稿され、今年5月、佳作に選ばれた。
 復職した渋谷さんが、学年朝会に臨んでいる2年生たちの前に「サプライズ登場」する場面で始まる。
 両手を突き上げ、「イェーイ!」と大げさに叫びながら、芸人のように、体育館へ飛び込んだ。初めは何が起こったかと目が点になっていた生徒たちだが、数秒後、「うわぁー!」「シブセンやー!」。
 懐かしいあだ名が聞こえてきた。同時に拍手喝采がわき起こった。「笑っていいとも!」のタモリさんがするように、「チャッ、チャチャチャッ!」という手合図をすると、生徒たちの拍手がピタッとやんだ。私の息とみんなの息がピタリと合った一体感。サプライズ登場は、成功だ。
 「ただいまー!」
 ずっとずっと言いたかったこの言葉は、絶対に笑顔で言うと決めていたのに、みんなの懐かしい笑顔を見渡すと、涙があふれてきて声がうわずってしまった。その私の声の約120倍の声で、「おかえりー!」という返事が体育館じゅうに響き渡った。その隙に、鼻をすすって、なんとか涙をごまかせた。遅くなって、ごめんな。

 ある生徒は学級委員長を務めるほどしっかり者になっていた。背がすっかり伸びた子、声変わりした子も。担任でなくなった渋谷さんが一抹の寂しさを感じていると、気づいて慰めてくれる生徒もいた。スキー実習では雪合戦もし、教え子と思いきり投げ合った。
 子どもたちから笑いと癒やしをプレゼントされ「生きていてよかった」としみじみ感じた渋谷さん。続編はこう締めくくった。
 この子たちが卒業するまで、成長を見守りたい。いや、成人するまで…。いやいや、もっと欲張って、私と同類のおっちゃん・おばちゃんになるまで、絶対に見守ってやる。
 「それまで元気でいよう!」
 つぶやきながら、きょうもひと粒、薬を飲む。


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