高級酒米・山田錦「86歳」温暖化の試練 収量減や品質低下…迫る限界 品種改良の動き加速
2022/10/16 06:10
山田錦の後継品種として有望視される「予3」の稲。背丈が高いなどの特徴を受け継ぐ=加東市沢部
高級酒米・山田錦のブランドに危機が迫っている。自然環境の変化などに対して70年以上、品質を維持した稲の種類はほとんどなく、山田錦は異例の「86歳」を迎えた。ただ、地球温暖化による気温上昇に伴い、質の低下や収穫量の減少は年々顕著になっている。気候変動から「兵庫の宝」を守るため、品種改良に向けた動きが加速している。(堀内達成)
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9月下旬、兵庫県加東市の「酒米研究交流館」。敷地内の田んぼで、山田錦を品種改良した稲がたわわに実った穂を揺らしていた。
「予3」と呼ばれる種で、気温上昇に強く、山田錦の遺伝子を94%引き継ぐ。兵庫県立農林水産技術総合センター(加西市)農産園芸部の杉本琢真課長は「現時点で、この種が山田錦の後継として最も有望」と説明する。
山田錦は1936年、県内の試験場で誕生した。酒米王者として長年君臨してきたが、他の作物と同様、気温上昇による栽培適地の北上といった影響を受ける。穂が出たり成熟したりする時期が早くなり、夏場の日差しで品質が低下。収穫量が減る年が頻発した。田植え時期を遅らせるなどしてしのぐが、いずれ対応の限界が予想される。
新潟大の山崎将紀教授(作物遺伝育種学)によると、稲の品種が作物として需要がある期間は短く、平均で十数年。気候変動に適応できずに品質が落ちるなどの理由で普及しているのは長くても70年ほどで、山田錦の86年は異例という。
危機感を持つ同センターはこれまで、山田錦の一部遺伝子を受け継ぐ七つの品種を開発したが「いずれも後継を狙ったものではない」と杉本さん。山田錦と同じく稲の背丈が高い予3は「これまでになく後継を意識した」と明かす。
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温暖化に強い品種開発に合わせ、乗り越えなければならないハードルがある。「品種改良した山田錦は、果たして山田錦なのか」という問いだ。
94%の遺伝子を受け継ぐとしても原品種とは別物になる。県内のJA関係者は「酒蔵や生産者と品種の開発段階から相談し、じっくり合意形成を図っていくしかない」と話す。
好例とするのが主食用のブランド米、新潟県産コシヒカリ。実は2005年から品種改良した米に置き換わっている。56年生まれのコシヒカリは粘りが強く、甘みやつやに定評がある一方、いもち病に弱い。
同県では79年から3年間、いもち病で不作が続き、県が86年から品種改良に着手。消費者の食味モニタリング調査などを経て、新品種「コシヒカリBL」を一斉に導入した。
県によると、県産コシヒカリの9割以上がBLに置き換わったと推定する。遺伝子的には異なる品種だが、商品名にコシヒカリを冠して流通。県の担当者は「合意形成や周知に想定より時間がかかり、導入が1年遅れるなど相当の苦労があった」とする。
ただ、改良品種をつくっても置き換えに失敗した例もあり、兵庫県立農林水産技術総合センターの杉本さんは「ハードルは高いが、生き残るため山田錦も置き換えの道を進む可能性はある」と気を引き締める。
県内の酒造会社は「山田錦も不作が深刻化すれば置き換え議論が加速するだろう」とみる。「温暖化に強く、同程度の味わいがある品種ができ、それを山田錦として流通できるのであれば、置き換えを歓迎する酒蔵はたくさんあるはずだ」と話す。