江川紹子さん「事件記録は歴史文書」 注目の最高裁有識者委、議論のポイントは?

2022/11/10 05:30

過去の裁判記録は、歴史文書でもあると説く江川紹子さん=東京都内

 全国の家裁で廃棄が判明した重大少年事件の記録。重要な裁判記録は後世に残す財産と説く、ジャーナリストの江川紹子さん(64)は「事件の事実認定をした裁判所に対する信頼の証しがなくなり、陰謀論が飛び交いやすくなる」と話す。非公開の少年審判となる未成年の事件に限らず、司法文書全体の保存を考える機会として、最高裁が年内にも開く有識者委員会に注目する江川さん。そこで議論の焦点とすべきは「仕組みと場所」だという。(聞き手・霍見真一郎、永見将人) 関連ニュース 【えん罪】「外部の目」で検証必要 判決受け入れ謝罪せよ ジャーナリストの江川紹子さん 新聞はファクトチェックが使命 「報じない理由」説明必要な時代 江川紹子さんインタビュー 批判された兵庫県知事選報道 2人のジャーナリストが抱いた違和感と新聞に課した役割


 -少年事件記録の廃棄判明が相次いでいる。
 「神戸新聞の報道が突破口になり、少年法が変わる契機にもなった事件の記録があちこちで捨てられていたと明らかになった。実は少年事件に限ったことではない。刑事事件でも、戦後初の違憲立法審査になった尊属殺人事件の記録が廃棄されていたし、憲法判断が問われた重大な民事事件記録も大量廃棄されていた。記録は国民共有の財産であるという発想が欠けている。国民の期待を裏切る裁判所の感覚があぶり出された」
 -最高裁が当初の消極姿勢を転換し、有識者委を開く方針を打ち出した。
 「反応は鈍かった。国民からの批判は、最高裁にとって思いもよらないもので、動かざるをえなくなったのだと思う。成人の裁判は、憲法の定めで民事も刑事も公開の法廷で開かれ、記録の保存・閲覧はその補完関係にあるが、少年審判は非公開。憲法の制約を考えることなく、裁判所の裁量で廃棄してよいという感覚だったのだろう」
 -公開されない文書の保存に、懐疑的な声がある。
 「事件記録は最初、裁くための実務書類として作られるが、結論が出たり、刑の執行が終わったりすれば、歴史文書になる。すぐに公開するのは無理でも、長期保存によって、当事者がいなくなった時代になれば、プライバシーのハードルは変わってくるはずだ。また、たとえ非公開でも、記録があるだけで陰謀論が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)するのを防ぐ『重し』の効果が期待できる」
 -有識者委で議論するべきポイントはどこか。
 「仕組みと場所だ。記録は捨ててよい物という発想を変え、例外的に廃棄する仕組みを整える必要がある。また、保存場所では、建設予定の新しい国立公文書館に司法文書のスペースを取ることも一手だ。デジタル技術の活用も考えたい」
 -三権分立を理由に、内閣も国会も動きが鈍い。
 「保存の仕組みとなる法律を作るには立法府(国会)、場所を確保する建設予算を取るには行政府(内閣)が協力しなければならず、三権分立は理由にならない。そもそも事件記録を廃棄するか保存するかというのは、司法判断ではなく、行政行為だ」
 -記録廃棄問題は専門的で、一般市民には縁遠いと感じる面もあるようだ。
 「記録がなくなっても、明日の生活には影響しない。だが事件記録は、社会が過去に起こった悲劇に対し、素通りせず、一つ一つ対処してきた大事な歴史的証拠だ。これがなくなると、日本の歴史はいくらでも書き換えられ、ゆがめられる。自分が今生きている時代だけでなく、未来の人の目を想像しなくてはならない」
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【えがわ・しょうこ】 1958年生まれ。早稲田大を卒業後、神奈川新聞社に入社。29歳で退社してフリーランスとなり、オウム真理教事件などを取材。2020年より神奈川大特任教授。
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 重大な少年事件記録の廃棄が次々と明らかになりました。司法文書の保存や公開の在り方が、再び問われています。さまざまな分野の専門家に、現在の問題点や改善に向けた提言を聞き、記事を随時掲載します。
■【特集ページ】失われた事件記録

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