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GP中国杯ショートプログラムで自己ベストをマークし、笑顔を見せる三原舞依=11月18日、北京(共同)
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GP中国杯ショートプログラムで自己ベストをマークし、笑顔を見せる三原舞依=11月18日、北京(共同)
ジュニアGPファイナルで3位に躍進し、メダルを掲げる坂本花織(右)=12月9日、マルセイユ(共同)
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ジュニアGPファイナルで3位に躍進し、メダルを掲げる坂本花織(右)=12月9日、マルセイユ(共同)

 ちょうど1年前。県芦屋高2年の三原舞依は、全日本フィギュアスケート選手権のリンクではなく、病院のベッドにいた。

 昨年12月に初出場したジュニアグランプリ(GP)ファイナルで、両膝の痛みが我慢できないほど悪化した。歩けなくなり、朝起き上がるのも大変だった。帰国後、全身の関節が痛む難病「若年性特発性関節炎」と診断された。

 リウマチに似た症状だが、原因は不明。入院は2週間に及び、車いす生活が続いた。「(競技復帰は)無理なのかな…」。不安がよぎった。

 退院後も投薬治療を続け、徐々に痛みは和らいだが、氷上に戻れたのは4カ月後の今年3月。膝に負担のかかるジャンプ練習はしばらくできなかった。今も月1回、検査も含めて丸1日かかる点滴治療などで病と付き合う。寒くなるとこわばりや痛みも出る。

 それでも、弱音は吐かない。「『病気だからできない』というのが一番大嫌いなせりふ。病気になったからこそ強くなれたこともある」。ジャンプ練習を控えていた時期はスケーティングを徹底的に強化した。それは、ジャンプの安定感やしなやかさが強みだった三原に新たな武器を加えた。

 昨年の全日本選手権は病室の小さなテレビで見ていた。同じリンクで競い合う坂本花織(神戸野田高1年)らジュニア組の演技に元気をもらった。大好きなスケートができる喜びを改めて感じた三原は、復帰1年目の今季、大きく飛躍した。

                     ◇

 坂本花織も昨年、大きなけがを乗り越えた。

 春先からトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)に挑み、ひたすら跳び続けていた。「もうちょっとで跳べる」。手応えを感じていた夏、右すねに痛みを覚えた。診断は疲労骨折だった。10月末まで氷に乗れず、全日本ジュニア選手権は5位、全日本選手権は13位に沈んだ。

 身体能力に優れる坂本だが、周囲からは冗談交じりに「ジャンプしか取りえがない」と言われたことも。課題の表現力を養うため、中学3年からバレエ教室に通い始めていた坂本にとって、けがは転機となった。陸上での走り込み、もう一つの特技でもある水泳で体幹を鍛え、滑りとスピンにも時間を費やした。

 バレエの動きも身につき、「基礎から教えてもらって(関節の)可動域が広がってきた」と坂本。右脚骨折の代償は、今季の全日本ジュニア初制覇、ジュニアGPファイナル3位という果実を生んだ。(山本哲志)

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