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ハンカチ・メモリアル・スタジアムの除幕式。大勢の市民や報道陣が見守った=2007年10月、高砂市野球場
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ハンカチ・メモリアル・スタジアムの除幕式。大勢の市民や報道陣が見守った=2007年10月、高砂市野球場
青いハンカチで汗をふく早稲田実業高校の斎藤佑樹投手=2006年10月、高砂市野球場
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青いハンカチで汗をふく早稲田実業高校の斎藤佑樹投手=2006年10月、高砂市野球場

 連日、熱戦が繰り広げられる夏の甲子園大会。7月の兵庫大会から高校野球の取材を続けながら、ここ数年、気になっていることがある。2006年夏の全国高校野球選手権で優勝した早稲田実業高校のエース、斎藤佑樹投手(29)=現日本ハム=にちなみ、「ハンカチ・メモリアル・スタジアム」の愛称が付けられた高砂市野球場。当時は華々しい除幕式が行われ、立て看板が設置されていたと記憶しているが、その愛称は今、まったく使われていない。一体、どうなっているのか。(伊藤大介)

 甲子園のマウンドでハンカチを手に汗をぬぐった斎藤投手は「ハンカチ王子」のニックネームで人気を集めた。決勝で駒大苫小牧高校との延長引き分け再試合を制して優勝し、同年秋に兵庫で開催された国民体育大会に出場。高砂市野球場で行われた決勝は甲子園の再現となり、斎藤投手は駒大苫小牧・田中将大投手(28)=現米大リーグ・ヤンキース=に再び投げ勝った。

 試合には徹夜組が出るなど多くのファンが詰めかけ、高砂市野球場は大盛況。斎藤投手の人気にあやかろうと、当時の市長が中心となり、07年に「ハンカチ・メモリアル・スタジアム」と命名した。球場前に看板を設置し、ステッカーなども作られた。だが、10年の歳月が流れた今、周辺には跡形もない。

 「看板を処分してしまって…」。高砂市の担当者はそう打ち明ける。13年秋の台風で同球場は浸水被害に遭い、縦1メートル、横4メートルベニヤ板の看板は横倒しになった。再製作も検討されたが、「台風が来ればまた倒れる」「しっかりした看板を作るには費用がかかる」などの理由で再建されなかった。

 ハンカチ・メモリアル・スタジアムの名前はホームページからも消え、市の広報誌などでも目にすることはなくなった。なぜ愛称を使わないのか。担当者は言葉を濁す。「斎藤さんがハンカチ王子と言われるのが嫌だったとインタビューでおっしゃっていたので…」

 斎藤投手自身が呼称を好んでいないことに加え、早稲田大を経てプロ入り後、目立った活躍のないことも影響している。斎藤投手は今季、2年ぶりの白星を挙げたものの、防御率8・18の1勝3敗と低迷。「ハンカチ王子」のメディアへの露出は減少し、知名度アップを期待した高砂市の狙いは空振りに終わり、結果的に自然消滅した。

 「実は、斎藤投手本人の承諾も得ていなかった」と市の担当者。今後はスポンサー企業や商品の名前を球場に付ける命名権(ネーミングライツ)の導入を検討するという。

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