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長い手足を生かし、自らもバスケットボール選手として活躍した渡辺久美さん。雄太さんの姿に「本当にすごいところまで来た。感動です」=奈良県橿原市
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長い手足を生かし、自らもバスケットボール選手として活躍した渡辺久美さん。雄太さんの姿に「本当にすごいところまで来た。感動です」=奈良県橿原市
バスケットボールの本場米国で注目を集める渡辺雄太選手の母久美さん。自身も日本代表主将を務めるなどトップ選手だった=奈良県橿原市
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バスケットボールの本場米国で注目を集める渡辺雄太選手の母久美さん。自身も日本代表主将を務めるなどトップ選手だった=奈良県橿原市

 米プロバスケットボールNBAでデビューし、注目を集める渡辺雄太選手(24)。日本人2人目の快挙を成し遂げた息子に、母の久美さん(57)=旧姓久保田=は目を細めます。自身も甲子園学院高(兵庫県西宮市)などで活躍し、女子日本代表の主将も務めた名プレーヤーの子育てはどのようなものだったのでしょうか。

 -雄太さんがバスケットに親しみ始めたのは。

 「赤ちゃんの頃です。当時横浜に住んでいて、私はクラブチームでプレーしていました。おぎゃあ、おぎゃあと泣く雄太をかごに入れて。夏は、紙おむつ一枚でボールと汗まみれになって遊んでいましたよ」

 -どんな性格の子どもだった?

 「1歳になるまで私以外の誰にも懐かず、父親が抱いても泣く。泣き虫で、恥ずかしがり屋でした。夫に『男ならめそめそ泣くな』とよく怒られていました」

 -子育てでつらかったことは。

 「雄太の姉、夕貴(25)は幼い頃、昼夜が逆転して夜はいつまでも寝ませんでした。娘に付き合って私も朝方に眠り、昼近くまで寝る生活だったので消耗しましたね。夫には自分で起きて仕事に行ってもらって」

 -ストレスはなかった?

 「近くに子育て中の3~4家族が住んでいて。娘と散歩していたら、子どもを抱いたお母さんに『私、ここに住んでるの。よかったら遊びに来て』と声を掛けられたのがきっかけでママ友の輪が広がり、おかげで一人で抱え込まずに済みました。いろいろと話せる友達をつくるのがストレス解消になるんじゃないかな」

 -夫婦で決めた育児のルールは。

 「食べ物の好き嫌いはさせないこと。娘が2歳の頃、魚やホウレンソウを吐き出しそうになったので、私がそれを押し込んで2時間ぐらい根比べ。吐き出すのを一度許したら、繰り返すようになります。お呼ばれしたときに好き嫌いがあっては失礼だし、食べ物を粗末にしてはいけないと伝えたかった」

 -雄太さんが競技で苦しんだのは。

 「一番つらかったのは成長痛の時期では。中学3年の夏休みから卒業までに十数センチ背が伸びました。膝が痛くて階段を普通に上り下りできず、ロボットのよう。『お母さんたちもこういう時期はあったからね』『成長が止まれば痛みもなくなる。もう少しの我慢』と言い続けた。完璧じゃないけど、愛情だけは精いっぱい子どもに注ごうと思っていました」

 -子育て中の人に助言があれば。

 「育児書やネットの情報に、全ての子が当てはまるわけじゃない。『こういうふうに育てたい』『こういう子になってほしい』という自分の思いを大切に。子育ては何が正解か分かりにくいけれど、それが難しさであり、楽しさでもあると思います」(聞き手・藤村有希子)

【わたなべ・くみ】1961年、和歌山県生まれ。甲子園学院高で全国高校総体準優勝。シャンソン化粧品時代に世界選手権出場。夫英幸さん(60)と長女夕貴さんもバスケットの元実業団選手。香川県在住。

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