スポーツ

  • 印刷
まつもと・わたる 1996年11月生まれ。朝来市出身。同市立梁瀬中から明石商高に進み、日体大では大学日本代表に選出。176センチ、84キロ。右投げ右打ち(撮影・斎藤雅志)
拡大
まつもと・わたる 1996年11月生まれ。朝来市出身。同市立梁瀬中から明石商高に進み、日体大では大学日本代表に選出。176センチ、84キロ。右投げ右打ち(撮影・斎藤雅志)
明石商高時代、チームをけん引した松本航=2014年7月、明石トーカロ
拡大
明石商高時代、チームをけん引した松本航=2014年7月、明石トーカロ

 単独のドラフト1位指名で西武入りした松本航投手。明石商高時代は全国的に注目を集める存在ではなく、夏の兵庫大会はベスト8が最高だった。日体大進学後に才能が開花し、回転数の多い直球を武器に首都大学リーグでは4年間で通算30勝、300奪三振を達成した。3、4年時には大学日本代表に選出され、昨夏の日米大学選手権では最優秀投手にも輝いた。「僕の原点」と語る母校明石商での日々を振り返る。(聞き手・宮崎真彦)

 -明石商高出身で初のプロ野球選手。

 「狭間(善徳)監督、スタッフ、コーチらに高校時代の恩返しができたかなと。高校時代に勝ちに対するこだわり、執念、一つ勝つことの難しさや大切さ、その意識を狭間監督から学んだ。一番大きかったのは多く(試合で)投げさせてもらえたこと。試合に対する入り方や投げる体力がついたことで、大学でもけがなく自信を持って投げることができた」

 -自ら「明石商が原点」と言う。

 「中学までは『野球が楽しい、好き』という純粋な気持ちでやってきたが、高校で野球に対して本気になるスイッチが入った。夜遅くまで毎日の練習に必死に食らいつき『うまくなりたい』という強い思いを持ってやった。階段ダッシュなどしんどい練習ばかりだったけど、基礎体力や根性がついた」

 -高校時代、思い出に残る試合は。

 「高校2年夏の兵庫大会準々決勝の西脇工戦。1学年上に能力のある選手がそろい、くじ運もよくて甲子園を目指せる位置にいた。準々決勝で先発し、六回にボークから同点に追いつかれて最終的に九回サヨナラ負け。1球のミスが命取りになることを学んだ。今でも同じ状況になったときは(当時が)頭をよぎることもある。それくらい悔しい試合だった。甲子園には行けなかったけど、その悔しさを忘れずに野球を続けたので(大学で)自分が成長できた」

 -高校の時点でもプロから評価されたが、大学へ進学した。

 「自分の中で(プロに進む)自信がなかった。狭間監督と相談してレベルが高く、体育やスポーツの知識を増やしながら成長できるということで日体大に進んだ。入学後、変化球を練習しようとしていたところ、辻孟彦コーチから『一番いい直球を磨くべきだ』と言われ、そこから毎日直球を投げ込んできた。自分の特徴やフォーム、体の特性を最大限に生かすことを意識し、入学前に思い描いていた以上の成長ができた」

 -同郷の同級生の東洋大・甲斐野央、立命大・辰己涼介も1位指名。

 「2人とは大学代表でも一緒で『同じ兵庫(出身者)として頑張ろう』と言い合っていた。甲斐野とは(中学時代Kボール県選抜からのチームメートで)昔から仲が良く尊敬もしている。代表で一緒になった時もアドバイスをもらいながら刺激し合ってきた。(先発と抑えで)任される場所が違うかもしれないけど、投げ合うことがあれば勝ちたい」

 -憧れだったプロ生活がスタートする。

 「息の長い選手になりたい。即戦力として取ってもらっているので新人王が目標。1年目からチームの勝利に貢献できる活躍をしていきたい」

スポーツの最新
もっと見る

天気(3月23日)

  • 11℃
  • 5℃
  • 20%

  • 9℃
  • 4℃
  • 50%

  • 12℃
  • 5℃
  • 20%

  • 12℃
  • 5℃
  • 30%

お知らせ