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現役最後の試合を終え、仲間に胴上げされる西宮・梁川禎浩=4月20日、西宮市立中央体育館(撮影・秋山亮太)
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現役最後の試合を終え、仲間に胴上げされる西宮・梁川禎浩=4月20日、西宮市立中央体育館(撮影・秋山亮太)
現役を退き、穏やかな表情で選手生活を振り返る梁川禎浩=西宮市内
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現役を退き、穏やかな表情で選手生活を振り返る梁川禎浩=西宮市内

 バスケットボール男子Bリーグ2部(B2)西宮のシューティングガード梁川禎浩(33)が今季限りで現役を退いた。旧ナショナルリーグの兵庫ストークス時代から6季在籍。主将も務め、高いプロ意識で長年チームを支えた。感情を表に出さないタイプだが、胸中は西宮への思いにあふれていた。紙面ではスペースの都合上載せられなかったやりとりも含め、紹介する。(藤村有希子)

 -4月の現役最後の試合はホームで先発した。

 「シーズン初めの試合、またはプロになって初めての試合と変わらぬ気持ちで、そして同じルーティンで入った。チームに選手は13人いるが、ベンチには12人しか入れない。この日は上原(壮大郎)がベンチ外だったが、13人で一緒に戦ってきた気持ちを忘れずにコートに立った」

 -試合終了間際に自らファウルを誘い、フリースローに臨んだ。たまたまその状況になったのか、周りの選手の計らいか。

 「たまたま。ノリ(道原紀晃)がいじめようと(笑)、僕にパスを出してきて、僕が誰かにパスしようとしたら誰もこちらを見てなくて。実は僕だけが知らない作戦だったのかもしれないが」

 -今季を振り返って。

 「新しいヘッドコーチのもとでシステムが変わり、また外国人選手も変わった状況でチャレンジしないとということで、スタートダッシュにつまずいてしまったのが最後まで響いた。外国人のけがや、2人同時に出場できないというのがなければ、(上位に)いけたのかなと。その後は追い上げ(連勝)があったので。ただ、長いシーズンを見ればそれもチーム力」

 -引退の理由は。

 「プロスポーツ選手である以上、セカンドキャリアは常に考えないといけない。次のステップをベストコンディションで戦うため、この時期にした。教員として(部活動の)指導の道に進みたい。中学、高校の保健体育の教員免許を持っていて、YANAGAWAシートの活動を通じていろいろ考えたり、僕に子どもができたりする中で決断した。子どもたちが何事にも恐れずチャレンジできる環境をつくりたい」

 -2014年に始めたYANAGAWAシート。養護学校の子どもを試合に招いたり、自ら施設や病院を訪ねたりした。

 「リンク栃木時代に先輩の活動を見て、すごくいいことだと思って始めた。初めは笑顔を見せなかった子が『また来たよ』と笑ってくれると、ほんとにうれしかった」

 -パナソニック、リンク栃木と国内トップチームでも活動してきた。

 「試合に出られない状況でしっかり下積みをしないといけなかったり、また一番試合に出てる選手が一番練習していたり。そういう背中を見て、刺激を受けた。これがバスケットで生きていくということなのかなと」

 -自身の強みは。

 「いろんな方からも言われるし、自分でも思うが、ドライブ、中に切り込んでいくプレー」

 -印象に残る試合は。

 「2季前、B2優勝を決めた島根戦。代々木までブースター(ファン)が来てくれたのがうれしくて、一緒に写真を撮りたいと観客席に行った。もともとそんなことする性格じゃないのにね」

 「僕はけがが多かった。高校でいうとヘルニア(腰)の手術をしたり、プロになってからもヘルニアの後遺症や、試合中のけがで肘の骨折、じん帯損傷など。長い間プレーできず復帰できた時の試合は、今でも鮮明に覚えている」

 -毎試合前に大変なルーティンを続けてきたことが「誇り」とも言っていた。

 「腰に持病があるため、体幹トレーニングをしてきた。サッカーの長友(佑都)選手もしているフロントブリッジ(うつぶせになり、両腕の肘から先と、両足のつま先を床に着け、腰を浮かせて静止する)を最低3分。左右を向いた状態でそれぞれ1分、1分。加えて腹筋300回、さらに骨盤を動かしながら腹筋120回。試合前に一回、汗をドバッとかく。4、5年は続けてきた」

 -引退に際し、多くの選手からねぎらいの言葉を受けた。能代工高とリンク栃木で先輩だった田臥勇太選手からは。

 「『後輩がプロの世界でも一生懸命頑張っているのが、先輩としても誇りだった』とメールで伝えてくれた」

 -後輩に伝えたいのは。

 「プロ選手である以上、誰かに何かを伝えないといけない。僕はしゃべって伝えるタイプではなく、行動を見て何かを感じ取ってくれたらとやってきた。後輩には『プロ選手として生き残るには』を常に考え、自信を持って進んでほしい」

 -家族への思いは。

 「僕は家にバスケの話を持ち込まないタイプだったので、嫁もそれを感じ取り、家では子どもたちの話題でずっと過ごせたのがすごく気分転換になった。落ち着ける場所だった。小学1年の長男は僕がバスケット選手なのが誇らしかったようで、寂しがっている。今後は子どもがやりたいことを一緒にやってあげたい。迷惑かけた嫁にも何かプレゼントできたら」

 -ブースターへ。

 「現役最後の試合では僕の顔写真を着けた人や、名前入りのボードを持った人が多く、今までやってきて良かったとつくづく。プロ選手として一番の環境だったと誇りを持って言える。毎試合ああいう環境で選手がプレーできるよう、今後もチームを応援してほしい」

 -今、自分に声を掛けるとしたら。

 「休みなさい、と言いたい(笑)」

【やながわ・ただひろ】1986年4月25日生まれ。尼崎市立城内中(現成良中)から秋田・能代工高に進み高校日本一に。筑波大、パナソニック、リンク栃木を経て2013年から兵庫(現西宮)。主将も務めた。福岡・田川高時代に陸上走り高跳びで全国高校総体を制した妻道子さん(旧姓渡辺)との間に3児。大阪市出身。

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