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現在の東遊園地。週末は芝生で遊ぶ家族連れでにぎわう=神戸市中央区(撮影・後藤亮平)
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現在の東遊園地。週末は芝生で遊ぶ家族連れでにぎわう=神戸市中央区(撮影・後藤亮平)
昭和初期に東遊園地で行われていた神戸一中と神戸二中のラグビー定期戦。エブラハム氏(後列右)が審判を務めていた(神戸市文書館所蔵)
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昭和初期に東遊園地で行われていた神戸一中と神戸二中のラグビー定期戦。エブラハム氏(後列右)が審判を務めていた(神戸市文書館所蔵)
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 神戸とラグビーの歩みは、東遊園地から始まった。

 1876(明治9)年、神戸港に寄港中の英国軍艦船員と外国人スポーツクラブ「神戸レガッタ&アスレチッククラブ(KR&AC)」の対戦が、神戸で初めて行われたラグビーの試合とされる。

 現在は神戸市役所の南側に位置し、阪神・淡路大震災の犠牲者を悼む「神戸ルミナリエ」「1・17のつどい」の会場としても知られる公園だが、かつてそこは外国人居留地に住む人たちがスポーツを楽しむ広場だった。

 モダンな洋館や海岸沿いの松林を背景に、青々とした芝生が広がる。ホッケーやテニスなどさまざまなスポーツに興じる中、ひときわラグビーに熱中したのが、神戸生まれの英国人、ジョーイ・エブラハム(1896~1974年)だった。

 「外国人というより、ざっくばらんな関西人でした」。長女の井上マリ=川崎市=は、東遊園地での父のプレーやレフェリー姿を覚えている。ラグビーの母国、英国仕込みの技術と堪能な日本語を駆使し、日本人とも気さくに触れ合った。神戸一中(現神戸高)と神戸二中(現兵庫高)の定期戦の笛も吹いた。

 エブラハムは、東京帝大(現東大)出身で後の日本ラグビー協会会長、香山蕃(しげる)とも親交を深めた。神戸外国人居留地研究会事務局長の高木応光(73)は「エブラハムが香山らにスポーツマンシップやフェアプレー精神を伝え、彼らを通じて関東や全国に根付いていった。日本ラグビー発展への貢献は大きい」という。太平洋戦争後、エブラハムの後半生はゴルフに興味を移したが、1962年にKR&ACの拠点が磯上公園(神戸市中央区)に移るまで、東遊園地はラグビーのメッカであり続けた。

 エブラハムの“教え子”は、兵庫のラグビー界の礎を築く。神戸二中から慶大に進んだ県ラグビー協会初代会長の白崎都香佐(つかさ)は、底辺を広げようと68年に県ラグビースクールを設立。元日本代表監督の萩本光威(60)や2011、15年ワールドカップ(W杯)代表の日和佐篤(32)ら名選手が育った。

 白崎の長男昭(89)=神戸市須磨区=が保管するアルバムには、東遊園地で行われたKR&ACと横浜外国人クラブの対抗戦で日本人として初めて審判を務めた白崎の写真が残っている。「ラグビーを教わってきた外国人の試合で笛を吹く。誇らしかったでしょうなあ」

 市街地のオアシスとして親しまれている現在の東遊園地。国籍や世代を超え、刻まれてきた楕円(だえん)球の記憶がそこに息づく。=敬称略=

     ◇

 ラグビーW杯日本大会の開幕まで20日で3カ月になる。1次リーグ4試合が行われる神戸とラグビーの歴史やドラマを、三つの場所からひもとく。(山本哲志)

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