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大関復帰を決め、笑顔で引き揚げる貴景勝=19日午後、東京・両国国技館(撮影・金田祐二)
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大関復帰を決め、笑顔で引き揚げる貴景勝=19日午後、東京・両国国技館(撮影・金田祐二)
妙義龍を突き落としで破り、大関復帰を決めた貴景勝(奥)=両国国技館(撮影・開出牧)
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妙義龍を突き落としで破り、大関復帰を決めた貴景勝(奥)=両国国技館(撮影・開出牧)

 19日の大相撲秋場所で10勝目を挙げ、来場所の大関復帰を決めた兵庫県芦屋市出身の貴景勝(23)=本名佐藤貴信。新大関として臨んだ5月に右膝を負傷し、7月の名古屋場所を全休して関脇に転落。本場所の土俵に上がれなかった期間は約4カ月間に及び、休場中は母校に帰って地道なリハビリを続けたが「気持ちが折れたことはなかった」。不屈の闘志でけがとの闘いを乗り越え、若武者が大関に返り咲いた。

 けがから112日ぶりに戻った今場所は、初優勝を飾った昨年までの紫の締め込みで臨んだ。「大関をつかむ前の相撲を思い出した。毎日毎日、必死にやっていた昔の自分に戻った」。初心に帰り、持ち味の突き押し相撲で白星を重ねた。

 右膝を負傷し、窮地に立たされている時、高校時代の恩師が手を差しのべた。埼玉栄高相撲部の山田道紀監督(53)=兵庫県浜坂町(現新温泉町)出身。「教え子が苦しいときは助ける」と、貴景勝を学校に呼び寄せ、旧知の膝専門トレーナーを紹介した。

 貴景勝は休場中、師匠の千賀ノ浦親方(元小結隆三杉)の許しを得て埼玉栄高の部員寮に住み込んだ。現役の中高生らと寝食を共にし、午前7時の朝練習から、時には夕方まで後輩たちと汗を流す毎日。食事は山田監督の実家から届く新温泉町の野菜も使った手料理が並び、好物のなすの甘辛煮をほおばった。母校の後輩らと生活を続け、純粋な気持ちを思い起こした。

 今場所は後半戦からオレンジ色を基調にした母校の名前入りの化粧まわしを締めている。貴景勝は「周りに支えられた。周りの理解があったから自分のやり方を通せた」と感謝する。大関復帰を果たした教え子に、山田監督は「(リハビリ中は)暑い中、誰よりも苦労していた姿を目の当たりにした。努力した結果が出た。(10勝は)たまたまではない」とたたえた。(尾藤央一)

■故郷・芦屋「見る人に勇気」

 貴景勝が生まれ育った芦屋市でも、住民らが歓喜に沸いた。今年6月に地元有志で発足した「貴景勝後援会」の永瀬隆一代表(48)は「(12日目の)最速の返り咲きでとてもうれしい。けがの焦りもあったと思うが、高みを目指し続ける精神力の強さを感じた。この勢いで今場所も優勝を手にしてほしい」と喜びを口にした。

 また、大関初昇進後に「芦屋ふるさと大使」を委嘱した同市では、伊藤舞市長(50)が「失った座を再び取り戻す姿は見る人に勇気を与えてくれる。芦屋出身の横綱になる日を心待ちにしています」と称賛した。(風斗雅博)

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