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日本代表の記者会見で司会を務める藪木宏之さん=東京都内(撮影・棚橋慶太)
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日本代表の記者会見で司会を務める藪木宏之さん=東京都内(撮影・棚橋慶太)
スコットランド戦後、藪木さんは平尾さんの写真を前に祝杯を上げた(藪木宏之さん提供)
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スコットランド戦後、藪木さんは平尾さんの写真を前に祝杯を上げた(藪木宏之さん提供)
ラファエレ・ティモシー(右)会見を円滑に進める藪木宏之さん=都内(撮影・棚橋慶太)
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ラファエレ・ティモシー(右)会見を円滑に進める藪木宏之さん=都内(撮影・棚橋慶太)

 ラグビー・ワールドカップ(W杯)の1次リーグを突破した日本代表が20日、準々決勝で南アフリカと対戦する。強豪との大一番は、くしくも3年前に53歳で死去した元日本代表監督、平尾誠二さんの命日。神戸製鋼の黄金期に平尾さんとプレーし、弟分としてかわいがられた藪木宏之さん(53)は現在、日本代表の広報を務めている。裏方から快進撃を支える藪木さんは「巡り合わせを感じずにはいられない。空から見守ってくれていると思う」と、天国の「ミスターラグビー」に思いをはせる。

 スコットランドを破り、史上初の8強を決めた13日夜。宿舎に戻った藪木さんは、部屋に平尾さんの写真とビール二つを並べた。「平尾さん、日本は強なってますよ。ベスト8ですよ」

 明治大出身の藪木さんは1988年に神戸製鋼に入社し、3歳上の平尾さんとともに7年連続日本一に輝いた。現役時代はいつも行動を共にし、会社からグラウンドに移動する時は藪木さんが運転手役。司令塔のスタンドオフを引き継いだのも藪木さんだった。

 引退後、神戸製鋼の広報を務めていた藪木さんは2016年2月、東京での日本ラグビー協会の理事会で平尾さんと久しぶりに再会した。その体は激しく痩せていた。前年秋に吐血し、がんを患っていることは聞いていたが、普段通りに接することに必死だった。平尾さんは自らの病状は語らず、W杯を前に日本協会への出向を勧めた。「世界を相手に仕事をしろ。こんなチャンスはめったにないぞ」

 藪木さんは言葉を胸に4月、日本協会に出向。それから半年後の10月20日、平尾さんはこの世を去った。喪失感を胸に抱えながらも、W杯誘致に尽力した平尾さんの遺志を継ぎ、広報の立場から日本代表の戦いを支える。

 広報として記者会見を仕切り、選手の声をファンに届ける役割をこなしながら、藪木さんは感じる。「平尾さんが思い描いていたように、日本中がラグビーを応援してくれている」。そして思う。「この景色を見てほしかった」。20日はいつものように写真をかばんにしのばせ、スタジアムへ向かう。(山本哲志)

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