日本選手団総監督の尾県さんに聞く 異例の五輪「スポーツの価値、問い直した。感謝示す場に」
2021/07/21 19:35
総監督として臨む東京五輪への思いを語る尾県貢さん=東京都新宿区、日本陸上競技連盟(撮影・今福寛子)
新型コロナウイルスで緊急事態宣言が出される中、史上初めて無観客で開かれる東京五輪。日本選手団の総監督を務める尾県貢さん(62)=加東市出身=が神戸新聞社のインタビューに応じ、コロナ禍の五輪にどう臨むかを語った。「『金メダル、金メダル』とは言えない。感謝を示す場に」とする尾県さん。「勝ち負けだけじゃないスポーツの真価が見える可能性がある」と話し、スポーツ界の在り方を見直す好機と位置付ける。(永見将人)
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-2019年11月の就任後、開催延期に。
「選手の気持ちを切れさせないことに気を使いました。『五輪』という言葉を口にするだけでも気が引けたり、トレーニングすること自体がはばかられたりという状況。スポーツが不要不急のものとして扱われ、心身の育成に役立つなど『スポーツの価値とは何か』というところから問い直した。選手たちが自身の内面と対話する期間でもあった。高校生向けの動画で練習法を紹介したり、チャリティーオークションの収益を無観客大会の配信に充てたり。多くのアスリートがそういう取り組みをしました」
-総監督の役割とは。
「33競技の強化の取りまとめです。各競技の指導者と月に1度ミーティングを重ね、強化に取り組んできた。大会中にやれることは限られる。とにかくコロナに感染させないことが大事。今までとは全く違うサポートになる」
-いよいよ開幕。選手にどう呼び掛ける。
「勝利は一義的な目的ではない。感謝を示す場にしましょうと。それには、持てるものをすべて発揮するしかない。『金メダル、金メダル』とは言えない」
-準備面など、海外勢との不公平感も指摘される。
「選手もよく分かっている。とにかくベストを尽くすことを目標にする。勝ち負けだけじゃない何かがあると、分かって臨む五輪・パラリンピックだと思う」
「(17年の)ロンドンの陸上世界選手権で、欧州の人たちは1周遅れの選手に優勝者と同じぐらいの拍手を送っていた。ハードルを跳び直した選手にも。スポーツの価値はこういうところにあるんだと感じた。今回の五輪で見てみたい。スポーツの真価って何なんだろうと」
「今までは勝者がもてはやされ、時の人になっていたが、今回はそういう状況じゃない。また違ったスポーツの見方ができる可能性があると思います」
-地元兵庫勢で特に期待する選手は。
「陸上の田中希実さん(小野市出身)には驚かされます。競技会を安全安心にできることを示そうとした昨夏の日本選手権で、1500メートルの日本新記録を出した。中止期間があって状態が落ちるはずが、みんな『こりゃすごい』と。大会を安全に開いていこうという機運に拍車がかかった。本当に心の強い選手。先月の日本選手権では800メートル決勝の30分後に5000メートル決勝を走った。普通はできません。レース展開も毎回変える。今までの記憶で、あれほどいろんな取り組みをする選手はいない。必ずプラスになる。今回の五輪は通過点だと思います」
「女子マラソンの前田穂南さん(尼崎市出身)と、男子5000メートルの坂東悠汰君(洲本市出身)にも期待しています。前田さんも心が強い。坂道も走れるし、暑くても走れる。『速い』というより『強い』選手。条件が悪くなるほど力を出す。坂東選手は頭角を現したのが最近ですよね。クロスカントリーで強いということは上り下りに対応できる、すなわちスピードの切り替えができるということ。しかも身長190センチという体格。まだまだ能力を発揮し切れていない。伸びしろがすごくあって楽しみです。彼にとって今大会は、次の五輪に向けたステップになるでしょう」
-6月に日本陸上競技連盟の会長に就任した。コロナ後のスポーツ界をどう展望する。
「どの競技団体もピンチ。競技会が開けず、スポンサーも離れています。日本陸連も昨年度の収益は通常の半分以下で、億単位の赤字になった。興行収入に頼る競技団体はもっと厳しいでしょう。五輪後の姿はどうなるか。スポーツに付いたぜい肉がそぎ落とされ、本質が残ると思うんです。ピンチだが、変えるのは今しかない」
-本質とは。
「強化や戦うことだけがスポーツの本質ではない。参画につなげないといけません。私は滝野中3年の時、兵庫リレーカーニバルを神戸までこっそり見に行きました。野球部だったんですが、陸上も強くなりたかったので、一流選手がどんな動き方をするのかを知りたかったのです。海外選手の動きがきれいで、格好よかった。努力すればこんなところで走れるんだと。その思いがきっかけになり、(100メートル障害で)全国優勝した。そういう地域に根差した競技会、憧れられる競技会を増やしていきたい」
-兵庫を含めた地方スポーツの展望を。
「これから大事になるのは、指導者の養成です。例えば学校でも、働き方改革が進み、運動部の週末の指導は地域でやりましょうということになっていくのは確実です。地域で適切な指導ができる人を増やさなければいけない。陸連では来年度から新たに『スタートコーチ』という資格を設け、最低限の知識や技能を持った人に子どもたちの指導に当たってもらう。これに力を入れ、地域のスポーツを活性化させたいですね」
【略歴】おがた・みつぎ 1959年、加東市生まれ。滝野中時代に100メートル障害で全国優勝し、小野高でも全国制覇。81、82年に十種競技で日本選手権連覇。筑波大大学院修了。日本オリンピック委員会(JOC)選手強化本部長、日本陸連専務理事などを歴任。筑波大教授。6月から日本陸連会長。