但馬

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澤田廉三氏の写真や足跡を紹介するパネルが並ぶ会場=新温泉町民センター
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澤田廉三氏の写真や足跡を紹介するパネルが並ぶ会場=新温泉町民センター
外交官として活躍した澤田廉三氏(エリザベス・サンダース・ホーム所蔵、油浅郁夫氏提供)
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外交官として活躍した澤田廉三氏(エリザベス・サンダース・ホーム所蔵、油浅郁夫氏提供)

 兵庫県新温泉町ゆかりの外交官澤田廉三氏(1888~1970年)を顕彰する展示会が、新温泉町湯の町民センターで開かれている。戦後、国連大使として日本の国連復帰に尽力するなど、戦前から戦後にかけ、日本を支えた外交官の足跡や人となりを紹介する。父親の生誕地・新温泉町に関する直筆の手紙も展示されている。(小日向務)

 澤田氏は鳥取県岩美町浦富出身。父の信吾氏は新温泉町浜坂の豪商・森家から岩美町の澤田家の養子となった。旧森家住宅は現在、国の登録文化財となり、浜坂先人記念館「以命亭」として親しまれている。

 澤田氏は東京帝国大学で法律を学んだ後、1914(大正3)年、外務省に入省。アルゼンチンや中国、フランスなどに赴任した。戦時中の43(昭和18)年には、ビルマ(現・ミャンマー)の初代大使に着任している。

 戦後は一時、公職を追放されていたが、解除後の53(同28)年、当時の吉田茂首相から国連加盟の使命を受け、サンフランシスコ講和条約発効後初の国連大使に就任。翌年からは国連日本政府代表部長として、日本の加盟に反対していた旧ソ連の代表部など諸外国との交渉を続けた。55年に外務省顧問となったが、その努力が実り、56年、日本は国連加盟を果たした。

 妻は、三菱財閥の創業者・岩崎弥太郎の孫・美喜さん。「エリザベス・サンダース・ホーム」を創立し、占領軍兵士と日本人女性との間に生まれた子どもの保護、養育などを支援した。次男・久雄氏も元外交官で、妻の安田祥子さんは、妹の由紀さおりさんとともに歌手としてよく知られる。

 2008年、鳥取市の県立公文書館が澤田氏と美喜さんの顕彰展を開催。その際の資料を、岩美町の郷土史家油浅郁夫氏が譲り受けており、温泉公民館の井上慎一館長=岩美町在住=と親交があったことから、今回の展示が実現した。

 展示では、澤田氏らの写真、足跡や新温泉町との関わりなどを紹介するパネルを展示。同氏に関する著書なども出品した。高校時代の澤田氏が森家を訪ねた後、帰宅するまでの様子をいとこに宛てて書いた直筆の手紙(以命亭所蔵)や、澤田氏がたしなんでいた書作品も並ぶ。併せて浦富焼約30点も展示している。

 10月1日まで。9月28日午後1時半から、新温泉町民センターで鳥取県立公文書館の統括専門員伊藤康氏によるミニ講演会がある。観覧、聴講とも無料。温泉公民館TEL0796・92・1870

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