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「消失と忘却の生野 歴史的諸遺産資料」を出版した椿野兵馬さん=井筒屋
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「消失と忘却の生野 歴史的諸遺産資料」を出版した椿野兵馬さん=井筒屋
明治初期に建設された生野鉱山本部の大煙突。こちらも本で紹介しており、「東洋一」とうたわれた(朝来市提供)
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明治初期に建設された生野鉱山本部の大煙突。こちらも本で紹介しており、「東洋一」とうたわれた(朝来市提供)
本にも登場した、昭和期に市川沿いにあったプール(朝来市提供)
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本にも登場した、昭和期に市川沿いにあったプール(朝来市提供)

 兵庫県朝来市生野町口銀谷の椿野兵馬さん(92)が、地域の歴史をまとめた「消失と忘却の生野 歴史的諸遺産資料」を自費出版した。鉱山町として栄えた生野の歴史をたどり、城や旅館など、今は失われた遺産や忘れ去られつつある遺産を写真付きで紹介。町の人口減少が進む中、「地域振興の足がかりとなれば」と筆を執った。(長谷部崇)

 椿野さんは元関西電力社員。60代で地元の古文書をひもとくようになり、観光客を案内する「町並み案内人」も務めた。現在も地元の同好会で古文書の解読に取り組んでいる。

 本では「消滅した歴史的遺産」として、銀山町入り口にあった宿場町など26項目を列挙。後半では「忘れられた歴史的遺産」として、現存する石碑やトンネルなど29項目を紹介している。明治初期、生野鉱山本部で、鉱石を焼く焼鉱所の排煙のために設けられた大煙突は高さ57メートルあり、当時「東洋一」と呼ばれたという。同本部前の市川に架けられた「開化橋」は珍しい鉄製橋だったが、1889(明治22)年の洪水で流出している。

 戦後に取り壊された料亭「柴又」は、幕末から銀山一の料亭として繁盛した。銀山町で銀の純度を調べたりする「掛屋」の藤本市兵衛という人物の日記によると、76(明治9)年5月にあった生野鉱山本部の落成式に続いて柴又で宴会が開かれ、工部卿として出席した伊藤博文とフランス人鉱山技師コワニェの妻がダンスに興じたという。

 山神宮(生野町口銀谷)にはフランス人技師が明治初期に植えたと伝わるアカシア並木があったが、1990年代に全て伐採されてしまい、「由緒を知る関係者を深く悲しませた」と椿野さん。昭和初期、市川沿いに建設された飛び込み台付きのプールは夏場、多くの子どもたちでにぎわったことなども振り返っている。

 58ページ。50部発行したが、非売品で生野まちづくり工房「井筒屋」や生野書院などで閲覧できる。井筒屋TEL079・679・4448(月曜休み)

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