但馬

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温かな人柄で多くの人に親しまれた元毎日新聞記者の竹花義憲さん=香美町香住区香住
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温かな人柄で多くの人に親しまれた元毎日新聞記者の竹花義憲さん=香美町香住区香住
記者を始めて間もない40歳ごろの姿(竹花さん提供)
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記者を始めて間もない40歳ごろの姿(竹花さん提供)

 昨年末、兵庫県香美町香住区香住を拠点に活躍した一人の名物記者が勇退した。毎日新聞の元香住通信部員、竹花義憲さん(77)。理容店を営むかたわら、約40年間にわたり、主に美方郡を取材し続けてきた。「記事を書くことで、地元の人たちに喜んでもらえたのが何よりの財産です」と振り返る。(黒川裕生)

 竹花さんは旧満州で生まれ、1歳から香住育ち。香住中学校(現在の香住第一中学校)卒業後は、理容専門学校の通信教育で学んだ。豊岡市や地元漁協などの理容店勤務を経て1968年に独立し、香住に店を持った。

 「ちょっと手伝ってあげてえな」。近所の知り合いから、新しい通信部員を探していた毎日新聞社を紹介され、記者の仕事を始めたのは78年から。本格的な文章や写真の経験はなく、妻の美佐子さん(78)いわく「なんでこの人が?」。軽い気持ちで引き受けた竹花さん自身、長く続けるつもりは毛頭なかったという。

 始めて間もなく、漁船の遭難事故が起きるなど、スタートは波乱含みだった。それでも「いろんな所に行けて、いろんな人に会える」記者の仕事は面白く、理容店の仕事の合間を縫っては取材に走り回った。

 「心が通じたらええ記事が書けるし、ええ写真も撮れますわな。特に取材で会う子どもさんの笑顔がなんとも言えん。町で『新聞見とるで』と声を掛けられるのもうれしかった」

 湯村温泉(新温泉町湯)でNHKドラマ「夢千代日記」のロケがあった時には、主演の吉永小百合さんの会見にも参加。旧余部鉄橋の列車転落事故(86年)では、事故直後の惨状を写したフィルムを大阪本社までタクシーで届け、社内表彰を受けた。

 自身が胃がんで入院したのを機に、公立八鹿病院(養父市)の緩和ケアの取り組みを10年間リポートしたことも思い出深いという。

   ■   ■

 記者を始めた当時、今はパソコンで打つ原稿はまだ手書きだった。浜坂や香住から豊岡まで列車で荷物を運ぶ「常便さん」と呼ばれる女性に原稿とフィルムを託すと、どの記者も昼からは「遊んでいた」という。竹花さんも一緒によく釣りやゴルフ、酒を楽しんだ。

 最近も自宅近くの取材にはミニバイクでふらりと現れ、気さくな人柄で多くの人に慕われていた竹花さん。だが昨年初め、ついに年内での引退を決めた。12月下旬、最後の記事を書き終えると「これでゆっくりできる」という安心感と寂しさが胸に満ちた。

 「風邪はいっぺんもひかなんだけど、やっぱり年齢を考えると。たくさんの人に親切にされ、支えられて続けることができた。40年も面白い経験をさせてもらいました」

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