但馬

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改元の日に100歳を迎えた高階ふうさん=朝来市
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改元の日に100歳を迎えた高階ふうさん=朝来市
夫の始一さん
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夫の始一さん

 平成から令和に改元される1日、兵庫県朝来市の高階ふうさんが100歳を迎える。戦争で夫を亡くし、戦後の厳しい時代に必死で働いて一人娘を育てた。「平和な世の中で、改元の日に100歳を迎えさせてもらうなんて、幸せ者やなあ」と、巡り合わせに感謝している。(長谷部崇)

 1919(大正8)年5月1日、現在の朝来市和田山町で生まれた。役場に勤めていたいとこの始一さんと結婚。夫について「賢く、男前で、性格もよく、言うことは何もなかった」と振り返る。「自分のことだけじゃなしに人のことも考えて、本当に尊敬できる人だった」

 43年7月に長女を授かったが、間もなく始一さんは陸軍に徴兵。南方の戦地へ輸送船で向かう途中、台湾とフィリピンの間にあるバシー海峡で撃沈されて戦死した。27歳だった。

 自宅を訪ねてきた役場の職員から夫の死を知らされた。「命を懸けて行くことは分かっていた。でも、人生であんなにつらいことはない。悲しくて、さみしくて、あの時の気持ちを言い表せる言葉なんてない。戦争であれだけ多くの人が犠牲になって、よくあんなバカなことをしたもんやと思う」

 長女の永田初實さん(75)は当時1歳。義母や兄嫁に初實さんの面倒を見てもらいながら、衣料を売り歩くなどで生計を立てた。「戦後の貧しい時代、仕事をしながら子育てするのは苦しかった。でも私がしっかりしなければ、大事な娘を育てられんでしょう。亡くなった主人が『頑張らないかん』と思わせてくれた」

 30代後半から勤めた保険会社では、がむしゃらに働いた。「夜しか会えない人、日曜しか会えない人…。保険のセールスはお客さんに合わせる仕事なので、休みなんかなかった」。顧客を第一に考える姿勢で契約を次々と獲得。やがて姫路や大阪で支部長を任され、多いときは約30人の部下を従えた。「人を大切に、一生懸命、誠実に仕事をしておれば、やがて報われることを学んだ」

 25年ほど前、東京で開かれた全国戦没者追悼式で、前天皇陛下を遠くから見たことがある。「国民の平和な暮らしを祈り、ずっと支えてくださった」と感謝。「次の時代も平和であってほしい」と願う。

 これまで胃がんの手術を受け、転んで頭をけがしたこともあったが「絶対負けんぞ」という強い気持ちで試練を乗り越えてきた。

 「これだけの苦労を積み重ねてきて、このか細い体で、よう耐えてこられたもんやと思う。主人がおってくれたら…と思うこともあるけれど、主人や家族が支えてくれたから100歳まで生きさせてもらえたと思っています」。来年は、ひ孫が成人式を迎える。

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