但馬

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メリーを抱くシドニー・ギューリック3世氏(中央)とダイナを持つフランシス夫人(右)を囲む園児=山口こども園
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メリーを抱くシドニー・ギューリック3世氏(中央)とダイナを持つフランシス夫人(右)を囲む園児=山口こども園
人形交流の歴史や意義を紹介するシドニー・ギューリック3世氏=あさご・ささゆりホール
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人形交流の歴史や意義を紹介するシドニー・ギューリック3世氏=あさご・ささゆりホール

 日米友好を願って92年前に米国から贈られた「青い目の人形」の1体「メリー」が残る朝来市立山口こども園(兵庫県朝来市羽渕)に妹人形「ダイナ」を送ったシドニー・ギューリック3世氏(82)が28日、同市を訪れた。同園で歓迎会に臨んだ後、あさご・ささゆりホール(同市新井)で人形交流の歴史について講演した。(竜門和諒)

 「青い目の人形」は1927年、ギューリック3世氏の祖父、宣教師シドニー・ギューリック氏(1860~1945年)の呼び掛けで約1万2800体が日本に贈られた。ギューリック3世氏は遺志を継ぎ、約30年前から「新青い目の人形」約300体を日本の学校園に寄贈。同園には今年3月に「ダイナ」が届いた。

 同園で開かれた歓迎会でギューリック3世氏は、園児約50人に改めてダイナを紹介。フランシス夫人(78)と並んでメリーやダイナの髪をなでるなど、園児と笑顔で交流した。

 続いて、同ホールで市民ら約280人を前に講演。人形交流が始まった当時、米国では日本人移民排斥の機運が高揚していたが「祖父は子ども同士の交流が将来の友好につながると信じた」と意義を語った。

 太平洋戦争中は「敵国人形」として壊されるなど悲劇の運命をたどった中で「メリーは友情のメッセージを90年間伝え続けてくれたラッキーな1体」と強調。最後は日本語で「これからも仲良くしてください」と締めくくり、会場から大きな拍手がわき起こった。

◇日米の人形交流 日本の窓口は渋沢栄一

 日米親善を願って戦前に始まった人形交流で、日本側の窓口となったのが、このほど1万円札の肖像に決まった実業家渋沢栄一だった。

 「メリー」についての著書がある加古川市の作家西村恭子さん(74)によると、発起人の宣教師シドニー・ギューリック氏は、子どもを通じた国際親善を目的に「世界児童親善会」を設立。その趣旨に共感したのが渋沢だったという。

 渋沢は日本側の代表として、米国からの人形に返礼する「答礼人形」の贈呈を提案。全国から寄付を募り、京都の人形店で作られた58体の日本人形をクリスマスに合わせて米国に贈った。1体ずつに手紙や乗船切符などが添えられたといい、西村さんは「人形交流を人間同士の交流に見立て、世界平和の夢が託されていた」と話す。

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