但馬

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当時を思い出しながらトーチを掲げる田中操さん=豊岡市
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当時を思い出しながらトーチを掲げる田中操さん=豊岡市
トーチを掲げて走る田中操さん(中央)。脇には舗装工事のブルドーザーが見える=1964年9月、香美町村岡区川会(本人提供)
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トーチを掲げて走る田中操さん(中央)。脇には舗装工事のブルドーザーが見える=1964年9月、香美町村岡区川会(本人提供)

 2020年東京五輪の聖火リレーが通る自治体がこのほど発表され、但馬地域では兵庫県豊岡市と同県朝来市を走ることが決まった。1964年東京五輪の聖火リレーで村岡町(現香美町村岡区)を走った田中操さん(71)=豊岡市=は、まだ土の道だった国道9号で舗装工事をしていたブルドーザーの横を走り抜けた日を思い出し、再び但馬に訪れる聖火を心待ちにしている。(石川 翠)

 田中さんが経営する同市戸牧のスポーツジム「ミサオフィットネスクラブ」の受付台の端に「OLIMPIAD TOKYO」(オリンピアード東京)と刻まれたトーチがひっそりと置かれている。日本海側を走る第1コースの兵庫28区の正走者として、村岡高校2年だった田中さんが掲げて走ったトーチだ。

 聖火は鳥取県から浜坂町(現新温泉町)に入り、村岡町へ。同町内には高校が1校しかなかったため、同校の生徒は正走者として17人が参加した。野球部と陸上部に所属していた田中さんは教員から声を掛けられて参加したが、副走者と随走者を含めると「運動部以外の生徒も駆り出された」という。走ったのは知り合いばかりで、田中さんの前の正走者はいとこだった。

 全国で急速にインフラ整備が進められたが、但馬の山間部にはまだ及んでおらず、八鹿町(現養父市)へ続く国道9号は林道のようだった。ランナーたちは急坂とカーブが続く道をひた走り、田中さんは中継地点付近では改修工事中のブルドーザーの横を駆け抜けた。快晴だったが「雨だったらくるぶしまで足が埋もれるほどの泥道になっていた」という。

 トーチは今回のデザインに比べるとシンプル。「日本も発展したんだなと感じる」と田中さん。高校卒業後、豊岡市役所入庁を機に同市へ移住した。

 前回、但馬地域では正走者73人や副走者らを含め約1700人が走ったという。山道を走った前回は大観衆にはならなかったというが「今回は応援の列が途切れないほど市民みんなで盛り上げられたら」と期待している。

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