但馬

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坑内で一服する伊藤真一郎さん=1957年7月(提供)
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坑内で一服する伊藤真一郎さん=1957年7月(提供)

 坑内では、墜落災害、落盤災害、発破災害を「三大災害」と言いました。

 坑内は高所での作業が多く、電灯も所々しかなかった。キャップランプの明かり一つが頼りでしたから、足元がよく見えず、墜落は多かった。落盤は一辺の長さが1メートル以上の岩が落ちてくることです。こんなものが落ちてくればひとたまりもありません。火薬の取り扱いを誤った発破の災害は、三大災害の中で最も悲惨でした。

 ひとたび死亡事故が起きれば、われわれ安全管理の責任者は大阪まで呼び出され、ひどく叱責され、課長まで責任を問われました。お通夜で亡くなった人の奥さんから「主人を帰してくれ!」と胸ぐらをつかまれ、泣かれたことがあります。悲痛でしたよ。人が亡くなった切羽(採掘場所)は、そのまま閉じてしまうこともありました。

 坑内では、してはいけないことが二つありました。

 まず、口笛を吹いたらダメ。坑内で口笛を吹くと不吉を呼ぶというので、絶対禁止されていました。新人の頃に何げなく口笛を吹いて、古い坑夫さんから「口笛を吹くな! 事故が起きるもとや」と叱られたことがあります。二つ目は、金物と金物をカチンカチンと合わせること。これもチーンチーンと音が響き、不吉を招くということで禁止されていました。

 昔は、坑内の事故で亡くなった人を外に出す時だけは、魂が坑内に残らないよう、タブーとされていることをしたそうです。口笛を吹き、カチーンカチーンと鑿と鑿を合わせて遺体を出したといいます。

 これも古い坑夫さんから聞いた話ですが、昔は赤い物を身に着けて坑内に入ったそうです。生野銀山のマネキンも、男性は赤いふんどし、女性は赤い腰巻きを着けていますね。坑内でけがをした場合、血が残ると不吉です。赤い物で血をぬぐってしまうと痕跡が残らないということで、魔よけの一種だったようです。

 鉱山の大事故といえば、僕が7、8歳の頃、五井竪坑で巻揚機のロープが切れ、12人が亡くなる大惨事がありました。お巡りさんが何人も来て、警戒線を張り、近づけないようにしていたのを覚えていますよ。(聞き手・長谷部崇)

【五井竪坑ロープ切断事故】「明治以降の生野鉱山史」によると、1938(昭和13)年6月30日、五井竪坑で鉱員14人が乗ったケージが異常音とともに停止。2人は飛び降りて無事だったが、直後にロープが切れてケージごと地下深くに転落し、12人が死亡した。

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