但馬

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セコガニの仕分けに励む木下真由美さん(左から2人目)=津居山港
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セコガニの仕分けに励む木下真由美さん(左から2人目)=津居山港
競り人らの威勢の良い声が響く初競りで落札額を記していく木下真由美さん(中央奥)=津居山港
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競り人らの威勢の良い声が響く初競りで落札額を記していく木下真由美さん(中央奥)=津居山港
ズワイガニを荷揚げする木下陽平さん。亡き父については「口ぶりは荒かったけど、優しかった」=津居山港
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ズワイガニを荷揚げする木下陽平さん。亡き父については「口ぶりは荒かったけど、優しかった」=津居山港
2016年に亡くなった木下拓治さん
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2016年に亡くなった木下拓治さん
木下真由美さんが荷揚げなどの作業を共にして頼りにする地元の女性たち=津居山港
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木下真由美さんが荷揚げなどの作業を共にして頼りにする地元の女性たち=津居山港

 ズワイガニ漁が解禁された6日、冬の味覚の主役を求めて、但馬(兵庫県)の各漁港から沖合底引き網漁船計46隻が荒波の日本海へと繰り出した。来年3月20日の漁期終了まで、命懸けで出漁する漁師たちを陰で支え、港で帰りを待つ女性船主の一日を追った。(金海隆至)

 同県豊岡市の津居山港、6日午前10時すぎ。中型船「豊津丸」(約40トン)の船主、木下真由美さん(52)はジーンズ姿で岸壁に立つと、丹後半島沖の漁場から約半日ぶりに帰港した船員たちを真っ先に出迎え、「ご苦労さま」とねぎらいの言葉を掛けた。

 木下さんは地元の親しい女性ら7人を雇い、甲板の容器に積まれたマツバガニ(雄)やセコガニ(雌)の荷揚げに当たった。初競りを前に、自らフォークリフトを運転するなど、慌ただしく競り場へと運び込む。

 高い鮮度が命の「津居山かに」。競りの成否と船の評判を左右するのが、長年の経験で培った目利きによる選別だ。甲羅の幅や硬さ、脚の欠損、傷の有無、色つやなど、細かな基準に沿って瞬時に仕分け、氷を詰めた木箱に詰め替える。

 「カニの大きさは」「量はどれくらい」-。選別の手は休めないが、漁獲の全体像も気に掛かる。木下さんの細腕には、男性船員6人の生活が懸かる。「きょうのセコは、は(生き)がええなぁ」。隣で作業をしていた女性の声に、思わず笑みがこぼれる。

 午後1時、ベルの音を合図に緊張の初競りが幕を開けた。帰港順に従い、豊津丸の競り順は2番目。競り人と仲買人が威勢の良い声を響かせる競りを木下さんは見守りながら、手元の競り表に木箱ごとの落札額を記していった。

 約260匹を水揚げしたマツバガニの1匹最高額は5万円の高値だった。仲買人による落札品の品質チェックが終わった後、木下さんは「うれしい。昨年は小ぶりで2万円ほどだったから。ドキドキしていた」と表情を緩めた。

 同港の漁船14隻の中で3人しかいない女性船主の一人として、港に立つのは3シーズン目。前船主で船長も務めた夫拓治さんが2016年、56歳で他界した後を受けてのことだ。

 津居山生まれで根っからの漁師だった拓治さんは、がんと闘いながら、豊津丸のことを心配していた。16年の漁解禁日は、船員に肩を抱きかかえられて船に乗り込み、しけの海に出漁した。「止めても無理なのは分かっていた。止めたら悔いが残る。だから何も言わなかった」。28年連れ添った夫の帰港を出迎えた時には涙があふれた。入院先で亡くなったのは11月25日だった。

 廃業も考えたが、踏みとどまった。跡取りを志す機関士の長男陽平さん(28)から「頑張るから応援してほしい」と望まれたからだ。

 「カニ漁の時は特に、夫の偉大さを感じる」と木下さん。「ゆくゆくは息子が船長になる姿を見届けたい」。母親らしい表情をのぞかせた。

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