但馬

  • 印刷
事故現場の慰霊碑で犠牲者の冥福を祈る遺族ら=香美町香住区余部
拡大
事故現場の慰霊碑で犠牲者の冥福を祈る遺族ら=香美町香住区余部
山陰線工事で亡くなった朝鮮人労働者らの名前が刻まれた招魂碑に手を合わせる藤崎光子さん(左から3人目)やJR西日本労働組合関係者ら=新温泉町久谷
拡大
山陰線工事で亡くなった朝鮮人労働者らの名前が刻まれた招魂碑に手を合わせる藤崎光子さん(左から3人目)やJR西日本労働組合関係者ら=新温泉町久谷

 国鉄(現JR)山陰線の余部鉄橋(兵庫県香美町香住区余部)で突風にあおられた列車が転落して6人が死亡した事故から、28日で33年となった。慰霊碑が立つ現場には遺族や負傷者のほか、尼崎JR脱線事故の遺族も姿を見せ、鉄道事故で愛する人を亡くした痛みを分かち合った。(金海隆至)

 1986年12月28日午後1時25分ごろ、風速33メートルを超える突風で回送列車の7両が転落。約40メートル下にあった水産加工場の女性従業員5人と車掌の足立明さん=当時(54)=が亡くなった。

 この日は朝から、足立さんの妹や負傷者らが手を合わせて犠牲者の冥福を祈った。亡くなった北村加代子さん=当時(38)=の夫、忠久さん(75)=同町=は、社会人に成長した3人の子や孫の近況を報告。「みんな元気で過ごしているから、いつまでも見守ってほしいと伝えた」と話した。

 尼崎脱線事故の遺族、藤崎光子さん(80)=大阪市=と石橋位子さん(74)=大阪府阪南市=は余部鉄橋事故の発生時刻に合わせ、同行したJR西日本労働組合の組合員約20人と黙とうをささげた。事故を起こした企業にペナルティーを科す組織罰の導入を目指す藤崎さんは「亡くなった人の命を無駄にしたくない。鉄道や社会の安全を願う気持ちで祈った」と話した。

 直前には新温泉町久谷の八幡神社を訪れ、明治期に山陰線工事で犠牲になった朝鮮人労働者ら27人の名前が刻まれた招魂碑に献花した。石橋さんは「多くの犠牲の上に今の鉄道があることを忘れてほしくない」と語った。

但馬の最新
もっと見る

天気(5月27日)

  • 25℃
  • ---℃
  • 20%

  • 26℃
  • ---℃
  • 10%

  • 26℃
  • ---℃
  • 20%

  • 27℃
  • ---℃
  • 20%

お知らせ